第696話 綾奈のナイト様

「あ、まさ…………へ?」

 綾奈はダッシュで戻ってきてる俺を見て、めちゃくちゃ嬉しそうな顔を見せてくれたけど、俺がマジな顔をしているからか、ちょっと驚いている。

 だけど俺が次に見たのは、ナンパの手が綾奈の肩に伸び始めた場面だったので、俺はさらにスピードを上げ、その勢いのまま、綾奈を抱きしめた。

「わっぷ……!」

「千佳さん後ろ!」

 そして千佳さんにも伸びていたナンパの手に気づかせるため、千佳さんに後ろを向くように、俺は強くそう言った。

「後ろ? ……は?」

 千佳さんは後ろを……ナンパしようとした男たちを見て威嚇したのか、声のトーンが明らかに落ちた。

 俺も綾奈を抱きしめながらナンパ男たちを睨む。

 そんな俺と千佳さん……いや、千佳さんだけにビビった男たちは苦笑いをしてそそくさと立ち去っていった。

 綾奈の両手は、いつの間にか俺の背中に伸びていた。

 警戒を解いたのか、千佳さんが「ふぅ」と息を吐いて、俺を見て言った。

「ありがと真人。まさか、アイツらが見えたから走って戻ってきたん?」

「うん。あんな奴らに綾奈に触れてほしくないし、健太郎が知っても嫌だろうからね」

 健太郎は千佳さんにめちゃくちゃ惚れている。だからこそ、千佳さんも守れてほっとした。

 あ、綾奈が俺を抱きしめる力を強めた。

「は~、あんたがいないあいだはあたしが綾奈を守るとか言いながらこのザマだもんなぁ……」

「いやいや、背後から来られたんじゃ対処できないって」

「もうすっかり綾奈のボディーガード……ナイト様だねぇ」

「ナイトって……そんな大袈裟な」

「えへへ~……だんなしゃまぁ……♡」

「っ!」

 あ、綾奈がすっげぇとろみを帯びた目で俺を見つめている。か、可愛すぎる……!

 というか綾奈……もしかして甘えモードに入った!? 家に着くまでは待ってほしかった。

「なるほど……修斗が真人先輩に憧れる気持ち、わかった気がします」

 俺のすぐ後ろで久弥の声がして、首だけ回して後ろを見たら久弥がいた。

「久弥……」

「愛する女性を守る……口で言うのは簡単かもですが、それを躊躇なく実行できる人って、確かにかっこいいって思いました」

「躊躇なくと言うより、頭より体が勝手に動いたんだけどな」

『触れてほしくない』ってのも、言い換えれば独占欲だしな。

「だとしても、さっきの真人先輩の行動は尊敬に値します」

「あはは。ありがとう久弥」


 ナンパを撃退してから少し、綾奈が俺から離れ、手を繋いだタイミングで、俺は久弥に気になっていたことがあったので聞いてみることにした。

「そういえば久弥ってなにかスポーツやってるの?」

「スポーツですか?」

「うん。ほら、修斗がサッカーやってるからさ」

 修斗は名前の通りサッカー……久弥ももしかしたらって思ったんだけど、名前からはなんのスポーツしてるからわからないから……。

「俺は野球やってます。ちなみに駿輔は馬術に興味があるようです」

 野球か……。

 そして駿輔君は馬術!?

 びっくりしたけど、駿輔君もまぁ、名前の通りだけど、久弥は違うよな。

「あ、もしかして名前のこと考えてますか?」

「ま、まぁ……」

 俺が考えてることを一発で当てられた。もしかして他の人にも同じようなことを?

「俺も名前の通りなんですよ。ほら、『久』を音読みにしたら『きゅう』になるでしょ? それで漢字を入れ替えたら───」

「……弥久やきゅう

 本当だ。

 というかなんで横水家のご両親は長男の名前をひねったんだ!? そこは修斗か駿輔君じゃないのかよ!

「そういうことです。あ、ほら、もうすぐ電車が来ますし、乗りましょう先輩方」

 久弥が改札機の上にある電光掲示板を指さすと、確かにあと三分くらいで電車がやって来る時間になっていた。

 まぁ、聞きたいことも聞けたし、これ以上ツッコんでもあまり意味はないし、腹減ったし帰ろう。

 千佳さんと久弥が改札に向けて歩き出し、俺も行こうと思ったら、綾奈と手を繋いでいる左手……そちらの制服の袖を綾奈にクイクイと引っ張られた。

「綾奈?」

 綾奈を見ると、頬を赤く染め、熱を帯びた瞳で上目遣いで俺を見ていた。

 ちょいちょいと手招きをしているので、俺はゆっくりと綾奈に顔を近づけると、綾奈は耳打ちでこう告げた。


「早く……ましゃととふたりきりに、なりたい」


「っ!!」

 あまりに破壊力が凄まじく、理性を持っていかれそうになった。

 人がけっこういるのに、マジでキスしそうになったし……いかん、俺も早くふたりきりになりたい!

「じゃあ、早く帰ろう」

「うん!」

 俺たちは逸る気持ちをなんとか抑えながら、千佳さんと久弥のあとを追いかけた。

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