第694話 とある同盟の噂

 俺は久弥君と構内の端の方にやって来た。あまり大きくない駅だから、綾奈と千佳さんがいる場所は、今俺たちが立っている場所からも見える。

 ふたりがナンパされかねないし、会話を終わらせて戻らないと。千佳さんならナンパを軽く撃退できるだろうけど、綾奈は俺が守りたいし、健太郎も千佳さんを心配するだろうからな。

「それで久弥君。話って……」

「久弥でいいですよ」

 会ったのは今日で二回目だけど……彼がいいって言ったからいっか。

「わかった。それなら俺も名前で呼んでくれていいよ。久弥、話ってのは……」

 久弥は真剣な表情になり、右手の人差し指をピンと立ててこう言った。


「真人先輩は、『 圭‪‪‪×綾カプ至高同盟』というものがあるのをご存知ですか?」


「ごめんなんて?」

 いきなり全然知らない同盟を聞かされて、今の俺は鳩が豆鉄砲食らったような顔をしてると思う。

「『圭×綾カプ至高同盟』です。俺や修斗の学年の、主に女子が言っていたことなんですけど、中村なかむら圭介けいすけ先輩と西蓮寺先輩のカップリングこそ至高で尊いものだという考えを持った者同士がいつの間にか名乗っていた同盟です」

「いや、全然知らない。美奈や茉子からもそんな話は全然聞いたことないし」

 久弥が知ってるのなら、美奈と茉子が知ってそうな感じでもおかしくないのに。修斗からも聞いたことないしな。

「先輩の妹さんと吉岡さん、でしたっけ? おそらくふたりは、元々そうは思ってなかったからでしょうね」

「そもそもその同盟ってどんな経緯で発足したんだ?」

「真人先輩たちの代の生徒会長である中村先輩と、副会長の西蓮寺先輩……そのおふたりが廊下を並んで歩く姿は下級生である俺たちもよく目にしていました」

「毎日最低一回は一緒にいたな……」

 当時のことを思い出してまた少しモヤッとしてしまった。

「当時、下級生のクラスがある廊下を並んで歩いている姿を目撃した女子数名が、おふたりが通り過ぎたあとにバッチリと目が合い、その瞳を見ただけで全員が同じことを思っていると感じ取ったらしく、首肯し、ガッチリと握手をしたのが同盟の始まり……と、風の噂で聞いたことがあります」

「……なんだろう、バトルマンガとかならけっこう胸アツな展開が期待できるのに、一ミリも共感できない。どうでもいいけど同盟の名前も絶妙なダサさがあるし……」

 女子が中心の同盟なら、もうちょっと可愛い名前をつけてもよかったんじゃないか?

「それは俺も同感なんですが、でもやっぱり中村先輩と西蓮寺先輩はめちゃくちゃお似合いで、付き合えばいいのにって声はめちゃくちゃ聞きましたね」

「……」

 あぁ、ヤバいな……モヤモヤが募ってきている。

「あ……ご、ごめんなさい! 西蓮寺先輩の彼氏さんの真人先輩の前でこんな話───」

「いや、いいんだよ。ぶっちゃけ俺も、綾奈に惚れる前は少なからず『付き合ってんのか?』 って思ってた時期があったからさ」

 綾奈を『ただの同級生の美少女』としか思っていなかった時期に、ね。

 あれだけの美男美女が並んで歩いていたら自然と目を引くし、誰だって少なからずそんなこと思うもんだよ。

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