第688話 祝って、イチャイチャして、嫉妬され

 綾奈とのランニングを終え、汗の処理をしてから母さんが作ってくれた朝食を食べていると、眠い目をこすりながら、中学三年生の妹、美奈みなが入ってきた。今日も長い髪がボサボサだな。

「おはよう美奈」

「おはよう……お兄ちゃん」

 あくびをしながら食パンをトースターにセットする美奈。

 定位置の俺の隣に座って、美奈の眠気が取れてきたと思ったので、俺は美奈に声をかけた。

「誕生日おめでとう」

「ありがとうお兄ちゃん」

 今日、四月十日は美奈の誕生日だ。

 昨日、綾奈の家でうちの家族と綾奈の家族、そして美奈の親友の吉岡よしおか茉子まこと、俺たちのいとこで超がつくほどの人気女優(現在は学業専念のため活動休止中)、俺の一つ年上の杏子きょうこぇこと、中筋杏子と、美奈の誕生日パーティーを開いてくれてその時にも言ったんだけど、やっぱり当日にも言わないとダメだろうと思ったので言った。

 俺にお礼を言った美奈は、嬉しそうに自分の席に座った。

 そうだ、これも聞いておかないと。

「なぁ美奈、今日は俺と一緒に途中まで登校しないか?」

「一緒に?」

「あぁ。綾奈が千佳さんに美奈の誕生日のことを伝えたら、千佳さんが直接おめでとうを言いたいって言ったらしくてな」

 昨日の夜、千佳さんからメッセージが来たので、これは何がなんでも美奈を連れていかなければと思ったのだ。

「千佳さんが!? もちろん一緒に行くよ!」

 美奈は千佳さんも大好きだから、めっちゃ嬉しそうだ。

 こうして久しぶりに美奈と一緒に登校することになった。


 美奈と一緒に、綾奈と千佳さんといつもの待ち合わせのT字路が見えてきたんだが、もう既に二人は到着していた。いつも早いなぁ。

 あ、俺たちに気づいた綾奈が手を振って走ってきた。

 俺が綾奈を見ていると、美奈も走り出した。

 え、どゆこと?

「おはよう美奈ちゃん! お誕生日おめでとう!」

「おはようお義姉ねえちゃん! ありがとう!」

 俺と千佳さんのちょうど真ん中くらいの位置で、両手を握って挨拶する仲良し義姉妹。

 それからすぐに二人は離れて、綾奈は俺に、そして美奈は千佳さん目掛けて走った。

 あぁ、これは早朝の再現だな。

 俺は両手を広げて準備万端!

 綾奈は早朝のように俺の胸に飛び込んできたので、俺は綾奈を両手で優しく包み込んだ。ここでこんなに情熱的なハグをするのは今までになかったパターンだけど……いいな。人もあんまりいないし。

「おはよう千佳さん!」

「おはよう美奈ちゃん。誕生日おめでとう」

「ありがとう!」

 少し離れた場所から美奈と千佳さんが仲良く話しながらハグをしている。美奈は千佳さんの大きな果実に顔を埋めているようだ。


 俺と綾奈も二人に合流して、千佳さんと朝の挨拶を交わした。

「ありがとね真人。美奈ちゃんを連れて来てくれて」

「全然だよ」

 美奈は俺よりもう少し遅く家を出るから、普段は三人での登校だ。

 ……それにしても千佳さん、制服のシャツのボタンを上三つ外してるから、谷間が見えてるし、スカートも短くしてるからモデル体型の千佳さんの美脚もめちゃくちゃ見えている。この制服の着方を見るのも久しぶりだ。

 温かくなってきてコートもいらなくなったからな。

 それにしても、これも男の性か……意識しないと自然に千佳さんの胸と脚に視線が……。

「むぅ……真人、どこ見てるの!?」

「っ!」

 ヤバい! 綾奈にバレた。

 おそるおそる綾奈を見ると、俺の腕に抱きついたまま、上目遣いで睨んでいて、頬を膨らませている。

「ご、ごめん綾奈! 千佳さんも、ごめん……」

「あたしは別に、あんたや一哉かずやなら気にしないけどね」

 千佳さん、俺と俺の親友……山根やまね一哉への信頼がすごい。

 いやまぁ、千佳さんに普通に手を出そうものなら千佳さんに返り討ちにあうしな。千佳さん、腕っぷし強いから。

 それに綾奈と、千佳さんの彼氏で俺のもうひとりの親友……清水しみず健太郎けんたろうを裏切ってしまうから絶対にしないけど。

「はぁ……お兄ちゃんもオスだねぇ」

「あはは! まぁ綾奈に見せてもらうんだね」

「ふえっ!?」

 綾奈さん、一瞬で顔がボンと赤くなりました。

 俺も……うん、顔が熱い。

「婚約してるのにウブだねぇ相変わらず」

 千佳さんはカラカラと笑い歩き出し、美奈も千佳さんと並んで歩き出した。

「「……」」

 俺たちは無言で、だけど繋いだ手は離さないまま、美奈と千佳さんの後ろをついて行った。

 口の代わりに心臓がめちゃくちゃうるさくして、電車に乗ってもしばらく静まることはなかった……。


 美奈と別れて電車に乗り、綾奈たちがもうすぐ降りる駅にもう少しで到着するタイミングで、俺は綾奈に声をかけた。

 綾奈と千佳さんが通う高崎高校は俺たちの地元の駅から二駅先、そして俺の通う風見高校はそのさらに一駅先にある。

「綾奈」

「うん」

 俺たちは繋いでいる手を解いて、左手同士をピタッと合わせ、指を絡めた。

 婚約している俺たちが……指輪を贈りあった俺たちがやっている儀式のような行為。それを高崎高校最寄り駅に到着するまで続け、電車を降り、俺か見えなくなるまでずっと手を振ってくれた二人に、俺も手を振り続けた。

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