第687話 休憩時間を短くしよう

 綾奈は俺の名前を叫ぶと、こちらに走ってきて、その勢いのまま俺に抱きついてきた。

 俺も自然と綾奈の背中に手を回し、綾奈を抱きしめる。

「はぁ……はぁ……おはよう綾奈!」

「おはよう真人。……好き♡」

「俺も好きだよ」

 ここまででけっこう体力を使ってしまったから、休憩がてら綾奈とイチャイチャする……これがいつもの朝のルーティンとなっている。

「えへへ~……真人、すっごいドキドキしてる」

「ここまで走ってきたのと、こうやって大好きなお嫁さんを抱きしめてるからね」

 俺がそう言うと、綾奈は俺を抱きしめる力を強めて、猫のように顔を俺の胸に擦り付けてくる。

 早朝から幸せを目一杯噛みしめながら、大分息も整ってきたところで俺は綾奈を離した。

 そうすると、綾奈もゆっくりと俺を離すんだけど、毎回しゅんとするんだよなぁ。もっと抱きしめたいけど、ランニングでここに来てるんだから我慢だ。

「そろそろ行こうか」

「……うん」

「綾奈、今日からはさ、公園での休憩時間を減らしていこうと思ってるんだけど、いいかな?」

「…………へ?」

 すっげーショックを受けた顔してるなぁ。多分、あの公園でイチャイチャする時間が減っちゃうからなんだろうけど。

 俺たちのランニングコースは、綾奈の家から出発して、歩いて五分くらいの場所にある公園まで行き、そこで休憩イチャイチャしてからまた綾奈の家まで戻ってくるといったコースになっている。

 休みで部活がない日はもう少し長い距離を走るんだけど、普段はこのコースだ。

 俺だって綾奈とイチャイチャする時間は減らしたくないけど、この提案をしたのにはちゃんと理由がある。

「もう大分この距離も慣れてきたし、体力強化のために公園での休憩時間を減らしていって、最終的には休憩なしでここに戻ってくるまでになりたいなって思ってるんだ」

「休憩……なし……」

 な、なんか泣きそうな顔をしてる……。イチャイチャする時間を減らされてそんな顔をしてくれるのは嬉しいし考えが鈍りそうだけど、綾奈の目標のためにも心を鬼にしなければ……!

「三学期にあるマラソン大会で千佳ちかさんに勝つためには、これくらいしないといけないと思うんだ」

 宮原みやばら千佳さん───綾奈の親友で、色素の薄いオレンジ色の髪がトレードマークのギャル。

 綾奈がスポーツ万能の千佳さんにマラソン大会で勝つには今のままの距離を走ってたらダメだ。休みの日は長い距離を走っているが、週一でその距離に慣れるかと言われれば難しい。

 だから平日や部活がある土曜日にも距離を伸ばしていこうと考えたんだ。

「う、うん」

「だから、マラソン大会の総距離……二キロを少しでも余裕で走りきる体力作りが不可欠だと思ったんだけど、どうかな?」

 走るのは綾奈だ。学校が違う俺はこれくらいしかできないけど、綾奈が千佳さんに勝つためのサポートはなんだってやる。綾奈がやりたくないって言ってしまえばそれまでなんだけど……。

 そんな綾奈は、少し考えてからまっすぐに、真剣に俺の顔を見た。どうやら決意は固まったようだ。

「わかった。私、頑張る!」

「うん。頑張っていこうね綾奈」

「うん!」

 俺は笑顔で頷いた綾奈の頭を優しく撫でると、綾奈は「えへへ」と言って、ふにゃっとした笑みを見せてくれた。綾奈のどんな表情も大好きなんだけど、やっぱりこの表情が一番好きだなぁ。

「じゃあ、そろそろ行こう」

「はーい」

 俺たちは並んで、ゆっくりとランニングをはじめた。

 公園での短い休憩時間で、イチャイチャする時間は別で増やすって言ったらめちゃくちゃ喜んでくれた。

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