第683話 行きたい場所、買いたい物

 美奈の誕生日パーティーも終わり、片付けも済んで、今は夕方だ。

 俺以外のみんなは全員帰って、普通なら美奈たちが帰るタイミングで俺も父さんの運転する車に乗せてもらって帰ればよかったのだが、俺はこのあと綾奈と行きたい場所があったので残った。

「綾奈、ちょっと今から付き合ってほしいところがあるんだけど……」

「うん。実は私も……」

「え?」

 マジかと思いながら、綾奈も行きたいところがあったことに驚く。

「あら、二人とも出かけるの?」

「あ、はい。綾奈はどこに行きたいの?」

「えっと、駅近くにある大きなスーパーに行きたいなって……」

「え!? 俺も、同じところに行きたいと思ってた……」

 駅近くにあるドゥー・ボヌール……そこからまた離れた場所に、アーケードにあるスーパーよりも大きなスーパーが存在する。

 俺の買いたいものも、きっとアーケード内のスーパーにもあると思うんだけど、大きいスーパーの方が品揃えもいいと思ったから、今回はそこに行こうと思っていたんだが……こんな偶然ってあるのか?

 もしかしたら買いたいものも……。

「もう夕方だが、二人は何を買いに行くんだ?」

「……真人がここで使う日用品……生活用品を買いたいなって」

「っ!?」

 俺は驚くしかなかった。

 だって、俺も全く同じことを考えていたからだ。

 冬休みに綾奈がうちにお泊まりに来て、その際に母さんが綾奈のお茶碗とお箸を買ってきてくれていたけど、それ以外は全て来客用の物を使ってもらっていた。

 綾奈は俺と婚約してくれて、今は家族だ。

 うちに何度も来てくれて、お泊まりもしているのに、いつまでもうちに綾奈専用の物がお茶碗とお箸以外ないってのはどうなんだろう? という思いが春休みに入ってから日に日に強くなっていったんだ。

 綾奈がうちに来た時、いまだに来客用のスリッパを履いているのを見て、もっと綾奈専用の物がうちにあってもいいと感じたんだけど、まさか綾奈も同じことを考えていてくれてたなんて……。

「あら、いいわね! 私は大賛成よ」

「俺もいいと思う。買ってきなさい」

「ありがとうお母さん、お父さん!」

 弘樹さんと明奈さんも了承してくれた。それだけでめちゃくちゃ嬉しい。

 弘樹さんは部屋から財布を持ってきて五千円を綾奈に手渡した。

 だけど綾奈は、「自分のお金で買いたい」と言って、五千円を弘樹さんに返した。

「あ、真人の行きたいところももちろん行こうね」

「いや、俺が行きたいところも同じだから大丈夫だよ」

「え?」

 俺も綾奈と一緒で、綾奈がうちで使う他の生活用品を買いに行きたかったことを話すと、驚いて両手で口を隠していた。

「しかし、綾奈も真人君も本当にすごいな」

「「え?」」

「ね~、ここまで気持ちが通じ合っていることって、滅多にないわよ」

「そ、そうですね。俺も、そう思います」

「わ、私も……」

『似た者夫婦』って言葉があるけど、俺個人としては、今回の件はその言葉を凌駕しているとさえ思えた。

 同時にではないけど、この春休みのタイミングで『お互いの家で使うパートナーの生活用品を買いに行きたい』なんて考えに至るなんてこと、ちょっとオーバーかもしれないけど、天文学的数字の確率なんじゃないかって思う。

 好きになった時期も、お互いほとんど一緒だったし、もはやこれは運命を感じずにはいられない。

「真人君は良子さんたちにこのことは伝えているのかしら?」

「伝えてはいないのですが大丈夫だと思います。綾奈のお茶碗とお箸を買ったのは母さんだし、うちの家族はみんな、綾奈が大好きですから反対はされないと思いますよ」

「真人……ありがとう」

 綾奈は微笑みながら、ゆっくりと俺に抱きついてきたので、俺も綾奈の背中に手を伸ばして愛しいお嫁さんを包み込んだ。

「俺の方こそ、ありがとう綾奈」

「うふふ、綾奈が選んだのが真人君で本当に良かったわ。ねえあなた」

「そうだな。これほどまでに娘を大切に想ってくれるんだからな」

「き、恐縮です」

 綾奈のご両親にめちゃくちゃ褒められて、ちょっと照れるな。

 弘樹さんたちの言葉を聞いてから、綾奈が俺を抱きしめる力を強めてるし、綾奈も嬉しいんだな。

「ほら、いつまでもイチャついてたら真っ暗になっちゃうわよ。早くいってらっしゃい」

「気をつけるんだぞ」

「はい!」

「いってきます。お母さん、お父さん」

 ご両親に玄関まで見送られ、俺と綾奈はいつもとは違うスーパーに向けて出発した。

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