第677話 さらに甘ったるい空気

 生地をオーブンで焼いている間に、俺たちは他の作業を進めている。

 俺がケーキに乗せるイチゴの葉を切り、そしてそのイチゴを縦に半分に切っていて、綾奈は生クリームを作っている。

 ちなみに俺は直接イチゴに手が触れないように、食品衛生規格に基づいたポリ手袋をしている。

 その様子を明奈さんはスマホで撮影している。手が疲れたりしないのかな?

「綾奈はもちろんだけど、真人君もなかなか手馴れてるのね」

「そ、そうですか?」

 まだ難しい料理は出来ないけど、包丁は使うことはあるので、そう見えるのかもしれない。これでもけっこうおっかなびっくりな部分はあるんだけどね。

「そうよ~。まだぎこちなさも少しあるけど、料理男子ーって感じがするもの」

 り、料理男子か……。

「そんなこと初めて言われました」

「あらそうなの?」

 料理男子って言えば、情報バラエティ番組のコーナーで、イケメン俳優が料理を手際よく、慣れた手つきで作る様を見るけど、あれくらいのレベルを料理男子と言うのだと思ってた。

「俺みたいなレベルでも料理男子って言えるんですかね?」

「もちろんよ。包丁を普通に使いこなしてるのだから、十分料理男子って言えるわよ~」

 料理男子……料理男子か。なんかいい響きだな。

 自分がそんな風に言われるなんて想像もできなかったから素直に嬉しい。

 しかも料理がめちゃウマな明奈さんに言われたのだから自信もつく。

「真人君は可愛くて優しいし、料理男子だし、モテちゃうわね~」

「いやいや明奈さん……俺がモテるなんて───」

「モテてるよ!」

 俺が明奈さんの言葉を否定しようとしたら、綾奈がそれを遮ってきた。泡立て器でかき混ぜるのを中断して、頬を膨らませて俺を見ていた。

 綾奈が突っ込んだことにより、明奈さんがスマホを綾奈に向けた。

「あ、綾奈……?」

「真人、すっごくモテてる……」

 ……単純に告白された回数でいうのなら、綾奈のほうが俺の十倍以上モテてると思うんだけど、これは絶対に地雷になる。

 ちなみになぜ俺が『十倍以上』と言ったのかは、中学時代からめちゃくちゃ告白されていたというのも耳にしてるし、高校に入った頃もかなり告白されただろうから、あくまで予想の範疇なんだけど、それくらいかなと思ったからだ。

 綾奈のような大人しめな清楚系超美少女は、俺を含め、それだけ異性を虜にしたってわけだな。

 それだけでもポイントが高いのに、付き合ってから知った、めちゃくちゃ一途、超甘えん坊でキス魔、支えてくれる包容力と献身力、たまにポンコツになる姿等でポイントは爆上がりで天元突破してるしな。

 まぁでも、一応は反論しておこうかな。

「綾奈のほうがモテてるじゃないか!」

「で、でも、真人を好きになる人ってかわいい人ばっかりだもん!」

 そ、それを言われると返す言葉が見つからない……。『そんなことない』と言ってしまえば三人の可愛さを否定してしまう気がするし……。

「真人君に告白した人って、みんな可愛いの?」

 明奈さんが興味を持ってしまった。

 参ったな……茉子が今日来るから、絶対に茉子を観察しそうだ。

「うん。香織ちゃんも、マコちゃんも、雛さんもみんな可愛い……」

「う……あ、綾奈だってイケメンからめちゃくちゃ告白されてるじゃないか!」

 月並みな返ししかできない……。

 中村や阿島や修斗……三人以外にもきっと数え切れないほどのイケメンが綾奈に告白したはずだ。

 明奈さんはいつの間にか俺と綾奈のちょうど真ん中辺りにスマホを向けている。また広角モードにしたのかな?

「わ、私は真人しかいないって思ってたもん!」

「俺だってそうさ!」

「「え?」」

「あら?」

 お互い、突然言われたことにびっくりして、綾奈も俺も目をぱちくりさせている。

 明奈さんは『珍しくケンカ?』とでも思っていたのか、急展開に少しだけ困惑しているようだ。

 というか綾奈とケンカらしいケンカなんてしたことないけど。

「「「「……」」」」

 喋らない四人。俺と綾奈はびっくりして、明奈さんは今は『このあとどうなるのかしら!?』ってちょっとワクワクしてるし、弘樹さんは相変わらず静観している。

 最初にアクションを起こしたのは綾奈だ。

 綾奈は無言で俺に抱きつき、俺の胸に自分の顔を『ぽすっ』と埋め、猫のように顔をスリスリしてきた。

「っ!」

 突然のイチャイチャ展開に俺の心臓は大きく跳ねた。

 俺はドキドキしながらも、手袋を外して綾奈を抱きしめ、頭を優しく撫でた。

「さっきより甘ったるくなっちゃったわー!」

「確かに、甘ったるいな。……クリスマスイブの夜、母さんが二人にあてられたのが改めてわかった気がする」

 最初は明奈さんにツッコミを入れていた弘樹さんだけど、それもなくなってしまった。

 あとのほうは、なんて言ったか聞き取れなかった。

 俺たちは新しい手袋を装着して調理を再開した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る