第676話 甘ったるい空気
掃除が終わり、綾奈が少し休憩を挟んで、いよいよケーキ作りが始まる。
キッチンに並び立っている綾奈と笑い合う。
ピンクのエプロンがとてもよく似合っている。
ちなみに俺は青のエプロンをしている。明奈さんが持っていたのを貸してもらった。
「真人と一緒にお料理するの、すっごく楽しみ」
「一緒に料理をするのって初めてだもんね」
それぞれの家で個別にキッチンに立ったことはあったけど、こうやって並んで立つのは本当に初めてだ。だから俺も楽しみだ。
「えへへ、嬉しいなぁ」
「とはいえ俺は経験が浅いから、よろしくご指導お願いします。綾奈先生」
最近はガトーショコラやクッキー、マドレーヌを作ったけど、今回も上手くやれる自信なんてない。だから失敗しないように注意をしながら、綾奈のサポートをしていこう。
「綾奈先生……うん! この綾奈先生に任せなさい。ふふ」
「あはは」
うん、いい感じに緊張がほぐれてきた。
ちょうど冗談で言ってみたけど、良かったみたいだ。
「二人ともこっち向いてー」
前から明奈さんの声が聞こえたのでそちらを見ると、明奈さんがスマホをこちらに向けていた。どうやら写真を撮ってくれるみたいだ。
俺たちは笑ってピースサインをした。
明奈さんの奥を見ると、弘樹さんが椅子に座って微笑みながらこっちを見ていた。
「あとでこの写真、二人に送るわね」
「ありがとうお母さん!」
「お願いします」
二人の思い出の写真がまた増えたことに嬉しくなりながら、ケーキ作りがスタートした。
ケーキ作りが始まってからしばらく経過した。
綾奈はスポンジ生地を作っていて、今は型に流し込んでいる。
「綾奈手際いいわね~」
明奈さんは小型の三脚に装着した状態のスマホを綾奈に向けている。つまり動画を撮っている。
明奈さん
俺たちとしてはちょっと恥ずかしいかもだけど、その恥ずかしさもまたいいかもしれないな。
「まだ手順を見ないと怪しいけど、それでも真人のケーキを作った経験があるからね」
綾奈が手馴れている理由はそこなんだよな。俺の誕生日に手作りケーキを作ってくれて、数日前から翔太さんに教えを乞うていたから、その経験がまさに活かされている。
「それを聞いて、真人君はどうですか?」
明奈さんは今度はスマホを俺に向けた。インタビュアーか何かかな?
オーブンの予熱具合を確認した俺は、明奈さんに向いて言った。
「素直にめちゃくちゃ嬉しいですよ。あの時のことを思い出して、また食べたくなってきました」
「えへへ、真人が食べたいのならまたいつでも作っちゃうよ」
「マジで!?」
あのケーキがまた食べられるのか!? 俺が手伝ってない、綾奈だけが作ったケーキを!?
「うん!」
「うわぁ……嬉しいなー!」
嬉しすぎて思わず『明日食べたい!』って言いそうになった。
明日は始業式があるし、午前中で下校とはいえケーキを作る時間はない。だからいつかの休みの日に作ってもらおうかな。
「そ、その代わり、ね……」
「うん?」
どうしたんだ? 綾奈が頬を赤くしてもじもじしながら上目遣いで俺を見てくる。めちゃくちゃ可愛い。
多分お願いを言うんだと思うけど、一体なんだろう? お嫁さんのお願いなら可能な限り叶えたい。
「その……真人の作ったガトーショコラを、また食べたいな」
なるほどそうきたか。
「そういえば、真人君は綾奈の誕生日の時にガトーショコラを作ったのよね?」
明奈さんが質問をしてきたので明奈さんを見ると、スマホを俺と綾奈のちょうど真ん中辺りに向けていた。俺たちのやり取りを一緒に映して収めてくれるようだ。
「そうですね。俺も翔太さんに教えてもらって作りました」
正直形も味もまだまだだと思ったけど、綾奈はそれを見て、そして食べて涙を流してくれたんだよな。
俺の作ったものであれだけ泣いてくれて、また食べたいとリクエストされて、断る理由なんてない。
「いいよ。俺の作ったもので良かったらいくらでも作るよ」
「ま、真人のがいいから……楽しみにしてるね」
「う、うん」
綾奈は満面の笑みを見せてくれた。ドキドキしすぎて俺の顔もオーブンみたいに加熱しているみたいだ。
「きゃー! 甘ったるいわー!」
明奈さんは俺たちのやり取りを見てテンションが上がっている。にこにこしながら片方の手を頬に当てている。
「母さん言い方……まぁ、確かに甘いな」
弘樹さんはそんな奥さんにツッコミを入れていた。
俺、弘樹さんのツッコミ初めて聞いたわ。
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