第675話 パーティー当日、綾奈の家へ

 四月九日日曜日。

 春休み最終日にして、美奈の一日早い誕生日パーティー当日だ。

 今日もいつものように、綾奈との早朝ランニングを終えた俺は、シャワーを浴びて朝食を取り、しばらく自室でゴロゴロして、午前八時前に綾奈の家にやって来た。

 当然こんな朝早くからパーティーなんてしないし、主役の美奈は家にいる。

 俺がこんなに早くここに来たのは、もちろんパーティーの準備をするためだ。

 ケーキ作りもあるからな。早く来て準備をしないと間に合わない。

 誕生日ケーキが俺たち夫婦合作ということは美奈には伝えていない。だから美奈は綾奈だけでケーキを作るものだと信じて疑っていない。

 今日のパーティー、不安があるのはそこだ。

 ないとは思ってるんだけど、俺もケーキ作りに携わるのを知ったら、美奈が落胆するのではないかという不安は拭いきれない。

 でも作ると決めたんだからやる。それでもし美奈の機嫌が悪くなるようなことがあれば謝るし、今度埋め合わせする。


 俺はインターホンを押した。

 ここにはいつでも来ていいと言われているけど、さすがにそのまま玄関の扉を自分で開けるのはダメだと思ってるので、インターホンを押すのを忘れない。

 二十秒ほどで玄関が開かれ、中から弘樹さんが出てきた。

「お、おはようございます弘樹さん!」

 綾奈か明奈さんが出てくると思っていたのでびっくりて背筋をただした。

 弘樹さんがこうやって玄関を開けてくれたのって……初めてじゃないか?

「おはよう真人君」

 俺がちょっと緊張していると、弘樹さんは笑った。相変わらずダンディーな笑顔だ。

「綾奈と母さんはリビングで掃除をしているよ」

「あ、そうなんですね」

 なるほど、掃除をしていて手が離せないから弘樹さんが出てくれたのか。

「ふたりは今、手が離せないみたいだな」

 そういうことか。

「でしたら、俺も掃除を手伝います」

 妹の誕生日パーティーを開いてくれるんだ。俺だってそれくらいやってこの家に貢献しないと。

「それは助かる。さ、上がってくれ」

「はい、失礼します」

 俺は弘樹さんに頭を下げて入った。

『お邪魔します』って言ったら、明奈さんみたいに言い直しをさせられる可能性があったし、弘樹さんとけっこう話をしたあとに『ただいま』って言うのも変な感じがしたから『失礼します』と言った。

 将来義実家になる家だから、間違ってないだろう。

 来客用のスリッパに履き替え、リビングに入ると、弘樹さんの言ったように綾奈と明奈さんは掃除の真っ最中だった。綾奈が床を掃除機で、明奈さんが台所周りを担当しているようだ。

 俺が入ってきたことをいち早く気づいた綾奈は、すぐさま笑顔になって掃除機のスイッチを切った。

 そしてキョロキョロと周りを見渡し、床にそっと掃除機を置いて俺に抱きついた。

「待ってたよ真人!」

「お、おまたせ綾奈」

 さ、さっきキョロキョロしてたのは、掃除機を置く場所を探してたからなんだな。そしてそこがなかったから床に置いたってわけだ。

 というか綾奈……そばに弘樹さんがいるのに相変わらずだなぁ。

 頭、撫でておこう。

「相変わらずだなぁ二人は」

 相変わらずは俺もだった。

 俺のすぐ後ろで弘樹さんは笑い混じりにそう言った。呆れているわけではなさそうだな。

 そして明奈さんもこっちに来た。

「おはよう真人君」

「おはようございます明奈さん」

「お掃除、もうすぐ終わるからね」

 マジか……もう掃除終わるのか。

 ここはいつ来ても綺麗だし、掃除もそこまで手間がかからないんだろうな。

「あの、なにか手伝えることは……」

「大丈夫よ。リビングのソファにでも座って待ってて。綾奈、真人君とイチャイチャするのはあとにして、ちゃちゃっとお掃除を終わらせるわよ」

「……はーい」

 綾奈がちょっと残念そうにしながら俺から離れた。

 俺もちょっと残念だ……。掃除が終わったらすぐさまパーティーの準備に取りかかるから、イチャイチャしてる場合じゃないからな。

 まぁ、パーティー後まで我慢だな。

 ……ん? 俺から離れた綾奈が下を……俺の足元を見ている? ほんの微かにだけど、眉間にシワが寄っている。

 そして小さく頷いてから、掃除機を手に取った。

 これは、もしかして……。

 そうして掃除を再開した二人を見て、俺は言われた通りにソファに座ってテレビを見た。

 もうすぐと言ったのは本当だったようで、掃除は五分くらいで終わった。

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