第670話 疑念にストレート

 通行人のほとんどが足を止めて俺たちを見ていた視線に気づき、ここを離れようと思い移動しようとしたら、茉里さんに「それはダメ」と言われ、とりあえず通行人の邪魔にならないように道の右端に移動した。

「茉里さん、ここだと目立つんじゃ……」

「これでいいのよ。私たちがここからすぐにいなくなったら、周りの人が『この人たちはいけないことをしている』って思っちゃうから、勘違いしたままなのはいけないから、ここで話をした方がいいわ」

「な、なるほど……」

 そこまで考えが回らなかった。

 とりあえずこの好奇な目からみんなを連れ出さないとって考えしかなくて、動こうとしたら周りの人が『浮気現場を目撃した』って思われてしまう。

 春休みという二週間しかない短い期間に、二回も浮気を疑われたらたまったもんじゃない!

 俺が理解すると、茉里さんはにこっと微笑み、そのまま綾奈に向いた。

「あなたが真人君の婚約者さんの……」

「……は、はい。西蓮寺綾奈です」

 綾奈はいまだに茉里さんを警戒している。

 そうだよな。綾奈と茉里さんって初対面だった。

 初対面で俺の腕に抱きついた茉里さんを見たらそりゃ警戒するよな……。

 警戒されている茉里さんは、表情を変えずに弾んだ声で言った。

「やっぱりそうなのね! あなたのことは娘から色々と聞いているわ」

「……へ? あ、あの、娘って……?」

 警戒から一変、綾奈は困惑の表情を浮かべて俺を見てきた。

 なので俺は綾奈に茉里さんを紹介することにした。

「綾奈、この人は吉岡茉里さん。茉子のお母さんだよ」

「え……ふえっ!? ま、マコちゃんのお母さん!?」

 うん。思った通りすごく驚いている。

 綾奈より身長が低く、実年齢よりもずっと若く見られる茉里さんだから、とても中三になる娘がいるなんて思わないよな。

「うふふ、改めて、茉子の母の茉里です。綾奈ちゃんの旦那様にくっついちゃってごめんね」

「……」

 綾奈が驚きすぎて口をパクパクさせている。とても珍しい光景だ。

「ま、茉里さんは、真人が好きじゃ……ないんですよね?」

 混乱しているのか、綾奈はそんな確認を茉里さんに取った。

「人としてすごく好感を持ってるのは確かだけどそれだけよ。私は夫一筋ですから」

 茉里さんと智弘さんもかなり仲のいい夫婦で、ご近所では有名らしい。

 というか、俺の周りのご夫婦はおしどり夫婦が多いな。

 茉里さんの言葉を聞いた綾奈はというと、少しずつ警戒を解き、「変なことを聞いてごめんなさい」と、茉里さんに謝っていた。

「綾奈ちゃんが謝ることじゃないわ。あなたの旦那様に抱きついてごめんなさいね」

「い、いえ……!」

「娘共々、仲良くしてね」

「は、はい!」

 二人はお互い笑いあった。これなら仲のいい関係を築いていけそうだな。

「あの、真人さん……」

 俺が安心して綾奈と茉里さんを見ていると、服の袖をクイクイと引っ張られたのでそちらを見ると、凛乃ちゃんが俺に声をかけていた。茉里さんがナンパに絡まれていた現場を友達と偶然目撃して、綾奈と合流したんだよな。

「ごめんね凛乃ちゃん。ほったらかしにしちゃって。君たちもごめんね」

「い、いえ……私たちはただ見てることしか出来なかったので……真人さんの行動力、すごいって思いました」

 友達はこくこくと頷いている。

 ちょっと照れくさいな。

「知り合いが困ってたからね。普通のことをしただけだよ」

 俺は茉里さんの隣に立っただけで、ほかは何もしてないけど。


 それから茉里さんと凛乃ちゃんをお互いに紹介して、その場は解散となり、茉里さんは家に、凛乃ちゃんたちはアーケードの奥にそれぞれ向かっていくのを、俺と綾奈は姿が見えなくなるまで見ていた。

 みんなが見えなくなると、綾奈は俺の腕にギュッと抱きついてきた。ゲーセンの時よりも力が強いな……。

「綾奈?」

「……真人、モテすぎ」

「えぇ!?」

 モテすぎって……さっきまでの一連のやり取りを見て思ったのか!?

「いやいや! 茉里さん言ってたじゃん。『人として好感が持てるだけ』って」

 俺はもちろん、茉里さんも俺にそんな特別な感情を抱いてないんだから、綾奈が心配することは───

「むぅ……真人は私の旦那様だもん。他の女の子が来ないように、今日はもう絶対に離れないから」

 綾奈の独占欲がちょっと暴走を起こしてる感じになった。

 まぁ、茉里さんのあれはブラフとはいえ、他の女性が俺に抱きつくのを見るのは面白くないよな。

 茉子のお母さんだからって考えは通用しない……理屈じゃないよな。

 もうちょっと、綾奈の気持ちも考えないと。

「わかった。俺も綾奈を離さないから。もし綾奈が腕を離そうとしたら、俺からくっつきにいくよ」

「……うん! 約束ね」

「ああ」

 俺たちは指きりをして笑いあい、茉里さんが歩いていった方へ……駅方面に向けて歩き出した。

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