第669話 撃退と困惑
「茉里さん!」
俺が近づいて後ろから声をかけると、女の人は俺を見た。
その人の顔を見ると、やっぱり茉里さんだった。
「ま、真人君……」
俺は茉里さんの前に立つと、ナンパ男たちはあからさまに不機嫌となり、俺を睨んだ。
「なんだてめぇ!?」
「正義のヒーロー気取りのガキが出てくんじゃねぇよ……」
「っ!」
いきなり凄んできたけど、怯むわけにはいかない。とっとと茉里さんを助けてこの場を収めないと。
……って思ったんだけど、茉里さんは俺の腕に抱きついてきた。
「っ!!?」
ま、茉里さんの大きい果実が、俺の腕に押し付けられてる!?
あまりの突然の行動、そして柔らかさにパニックになり、思考がまとまらない。
「どこ行ってたの? 待ってたわ、ダーリン♡」
猫なで声でそう言うと、茉里さんは俺の腕に頬擦りをしてきて、さらに状況が飲み込めなくなる。
ただ、この状況を茉里さんが利用してナンパを追っ払おうとしていることだけは理解出来た。
ここで俺も笑顔で『ハニー』とか言えたら、ナンパ男たちもさらに信用するかもと思ったけど、言えなかった。
思考不能で言葉がうまく出てこなかったのと、『綾奈以外の女性をハニーと呼びたくない』という考えが無意識に出ていたからだと思う。綾奈を『ハニー』って呼んだことないけど。
「……チッ、男いんのかよ」
「つまんね。行こうぜ」
俺たちの様子を数秒、訝しげな表情で見ていたナンパ男たちは、俺が茉里さんの彼氏という嘘を信じて、悪態をつきながら去って行った。
「うふふ、ありがとう真人君。助かっちゃったわ」
「い、いえ……俺はなにも……」
結果、俺は助けに行っただけで何も出来なかったが、茉里さんが俺を利用してナンパを撃退出来たから、まあ結果オーライだよな。
「…………」
……茉里さん、なんで離さないんだ? もう問題は解決していて、これ以上くっついてる意味はないのに。
通行人も、まだこっちを見てる。
綾奈もどこかで俺を見ているはずだから、これ以上茉里さんに抱きつかれているのは非常によろしくない!
「ま、茉里さん! そろそろ離して───」
「どうせならこのまま家までエスコートをお願いしようと思ったんだけど……ダメ?」
「だ、ダメです!」
状況が状況なだけに、俺が一人でここに来ていたら護衛をかねて送ってあげてもいいと思ったけど、綾奈がいるし、早く茉里さんに離してもらわなければ、今度は俺が危なくなる……!
「うふふ、真人君にナンパから助けてもらったって茉子に話したら、あの子羨ましがるかしら?」
ま、茉里さん……ひょっとして、テンションがおかしな方向に上がってるんじゃないのか!?
普段の茉里さんなら、お願いしたら大抵のことはその通りにしてくれるのに、今の茉里さんはいつもの落ち着きがあまりなく、童心に返ったような、そんな気さえする。
今もかはちょっとわからないが、娘の想い人ってのも理由の一つなんだろうな。ここの親子は本当に仲がいいから。
というか今はそんなことより、なんとか茉里さんに離れてもらわないとだ!
「ひ、一人なら普通にエスコートしようと思いますが、ち、近くに婚約者がいるので……」
「あらそうなの? 真人君の噂の婚約者さんはどこに───」
「い、いい加減私の旦那様から離れてくださいー!」
茉里さんがキョロキョロと見渡しながら綾奈を探し始めた瞬間、真人さんの後ろから綾奈の声がした。
綾奈を見ると、頬を膨らませて茉里さんを可愛く睨んでいた。
そして俺は気づいていなかった。通行人が修羅場を目撃してしまったような目で俺たちを見ていたことに……。
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