第662話 出迎えてくれるおばあちゃんとおじいちゃん

「「ただいまー」」

 俺たちは綾奈の家までやってきた。俺が『ただいま』と言うのも最早定番になってきた。

 玄関に入ると、見慣れない靴があった。

「誰か来てるみたいだね」

「うん」

 男ものと女ものの靴、それもなんとなく年配の人が履くような靴が置かれている。

 まだ午前中だし、ここに来るご年配の男女って、かなり限定されるな。

 そして俺の予想が正しければ、この靴の持ち主は───

 そこまで考えると、リビングの扉が開かれた。明奈さんがお出迎えをしてくれたと思ったけど、今回は別の人が出てきた。

「おばあちゃん!」

「幸ばあちゃん!」

 そう、出てきたのは綾奈のおばあさんの新田幸子さんだった。

 俺の予想……当たったな!

 幸ばあちゃんは俺たちを見るとにこにこしながらゆっくりとこっちにやって来た。

「あらあら、おかえりなさい綾奈、真人君」

 幸ばあちゃんにも『おかえり』を言われ、ちょっと嬉しく、照れくさくなる。

「うん! ただいまおばあちゃん」

「た、ただいまです……幸ばあちゃん」

「うふふ、二人が変わらず仲良しで安心したわ」

 幸ばあちゃんが俺と綾奈の繋がれている手を見て、とても微笑ましい笑顔を見せてくれた。

 そんな幸ばあちゃんを見て、俺は申し訳ない気持ちになり、眉を下げた。

「幸ばあちゃん、その……最近は全然朝の散歩のお手伝いが出来ずに……ごめんなさい」

 俺は中学の時からたまに、幸ばあちゃんの朝の散歩のサポートをしていたんだけど、綾奈と付き合ってからは、それが全然出来ていなかった。

 朝に見かける頻度も落ちていたし、幸ばあちゃんも『大丈夫』と言っていたというのもあるんだけど、ここまで手伝いをしないと、さすがに謝らずにはいられなかった。

「真人君は相変わらず優しくていい子ね。でも、私は本当に大丈夫だから、こんなおばあちゃんといるより、大切な人といる時間を大事にしてほしいわ」

「幸ばあちゃん……」

 幸ばあちゃんは「ね?」と言ってにっこりと笑った。

 そんな笑顔を見せられたら、何も言えなくなってしまうじゃないか……。

 でも、ここで頷くだけってのは、したくない。だから……。

「その……ありがとうございます幸ばあちゃん。でも、やっぱりたまにはお手伝いをさせてください。幸ばあちゃんも、俺の家族……なんですから」

 登校中にたまに見る幸ばあちゃんは、確かに以前より歩道橋を上るスピードはわずかに上がってると思うけど、それは手伝いをしないという理由にはならない。

 それに、綾奈との時間は一番大切だけど、家族である幸ばあちゃんを蔑ろになんてしたくない。

 だから、少しだけだろうとも、俺はまた幸ばあちゃんの手伝いをしたい。

「うふふ、とっても嬉しいわ。ありがとう真人君。綾奈、真人君を離しちゃダメよ」

「お母さんにも言われたけど、絶対に離さないから大丈夫だよ」

 明奈さんも同じこと言ったことあるんだ。いつ言われたんだろう?

 俺が指輪を渡した後だとは思うんだけど……聞いたら聞いたで俺も照れてしまうかもだから、俺からは聞かないでおこう。

 俺たち三人がリビングに入ってこないのを気にしてなのか、一人の年配の男性がリビングから顔をのぞかせてきた。

 綾奈のおじいさんの新田銀四郎さんだ。

「おう綾奈、真人君。帰ったのか!」

「ただいまおじいちゃん」

「ただいまです銀四郎さん。ご無沙汰してます」

 幸ばあちゃんとはたまに会うけど、銀四郎さんと会うのはマジで元日以来だ。

「久しぶりだな真人君! 元気にしてたか?」

「はい。銀四郎さんもお元気そうで」

「あたぼうよ! こちとら元気だけが取り柄だからな! がはは!」

 初めて会った時から思ってたけど、本当に元気な人だよな銀四郎さん。

 そして相変わらずな、なかなかの江戸っ子口調だ。地元は東京だったりするのかな?

「私としては、お酒の量をもう少し控えてほしいのだけどね」

「わかってるんだがなぁ……ついつい呑みすぎちまうんだよ」

 銀四郎さんは酒好きなのか。どれくらい呑んでるんだろう?

 俺が成人してお酒を呑める年になったら、銀四郎さんと一緒に呑んでみたいな。

 ……お酒、主に日本酒が俺の口に合えばいいけど。

「おじいちゃん、元気でいてほしいから呑みすぎないでね?」

「おっと、可愛い孫に言われちゃ控えるしかねぇな。ちっと頑張ってみるか!」

「うん!」

 銀四郎さんはお酒の量を減らすことを決意した。綾奈に言われたら聞きたくなっちゃう気持ち、すごくわかりますよ銀四郎さん!

 それにしても、お二人と久しぶりに話が出来た嬉しさでちょっと失念してたけど、イチャイチャする目的でここに来たのに、お二人がいたらイチャイチャ出来なくないか?

 綾奈の部屋に行ったらお二人は来ないと思うけど、おじいさんとおばあさんが同じ家の中にいるって考えると、いつも以上にやりづらさは感じてしまう。

 どうするかな?

 お二人が帰るまでここで過ごすか、それとも……。

 俺がイチャイチャする場所を考えようとした時、後ろの玄関が開かれた。どうやら誰か来たみたいだ。

「ただいまーって、あら?」

「お姉ちゃん!」

「ま、麻里姉ぇ!」

 入ってきたのは、ドゥー・ボヌールの紙袋を持った麻里姉ぇだった。

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