第661話 茉子、供給過多

 美奈に入っていいかを聞かれ、俺が入室を促すと扉が開いてシスターズの二人が姿を見せた。

「お義姉ちゃんおはよう」

「おはよう美奈ちゃん、マコちゃん」

「っ! お、おはようございます……。ま、真人お兄ちゃん、綾奈さん」

「? おはよう茉子」

 茉子は俺を見ると頬がすごく赤くなって美奈の後ろに隠れてしまった。

 美奈の背中から顔を覗かせている茉子……なんか怯える小動物みたいだけど、俺、何かしたか?

「茉子、えっと……どうかした?」

「えっ!? い、いや……えっと……」

 なぜかテンパってうまく言葉に出来ない茉子を見て、美奈はにやにやしながら「はは~ん」と言った。

「なんだよ美奈?」

「お兄ちゃん、メガネメガネ」

「メガネ?」

 メガネがどうかしたのか?

「本当に鈍いなぁ……マコちゃんはメガネ姿のお兄ちゃんにドキドキしてるんだよ」

「み、みぃちゃん!」

「え? ……本当に?」

 茉子を見ると、こくりと頷いて美奈の背中に隠れてしまった。

 まぁ、茉子にメガネ姿なんて見せたことないし、そもそも綾奈とのクリスマスデートでしかかけてなかったから、綾奈以外に見せるのはこの二人がはじめてだ。

 似合っていると言われて素直に嬉しいので、ここはお礼を言っておくか。

「茉子」

「な、なに? 真人お兄ちゃん……」

「ありがとう」

 茉子がおずおずと顔を覗かせてきたタイミングでお礼を言ったら、また顔を引っ込めてしまった。

「お兄ちゃん。マコちゃんが供給過多で死んじゃうからその辺にしてあげて」

「み、みぃちゃん……!」

「供給過多って……」

 そんな大げさな……と言いたいけど、俺も綾奈のメガネ姿を見たら、茉子のようなリアクションをしなくても、普通に見惚れてしまうだろうし、ブーメランになるから言わないでおこう。

 今はそれよりも、二人がここに入ってきた理由を聞かないと。

「ところで、二人とも俺に用があったんじゃないのか?」

「あ、そうだった。ねえお兄ちゃん、お義姉ちゃん。久しぶりに一緒にゲームしようよ」

「ゲーム?」

「うん。冬休みにやったアレ、また四人でやろうよ」

 あの対戦アクションゲームか。

 この四人でやったら絶対面白いだろうし、俺も綾奈も冬休みは打倒茉子を目指して特訓もしたからな。今の俺たちがどれくらい茉子に通用するのか試してみたいって気持ちはもちろんある。

「……」

 だけど、今日は綾奈と二人で過ごしたい。

 イチャイチャしたい。

 俺の服の袖を摘んできた綾奈……その表情を見たら、綾奈も俺と二人でいたいと訴えている。

 妹たちのお願いを断るのは心が痛むが、ここは心を鬼にして断るんだ……!

「ごめんな二人とも。遊びたいのは山々なんだけど、これからちょっと二人で出かける用事があるからさ」

「あ、そうなんだ。なら仕方ないね」

 よかった……あっさり引いてくれた。

「悪いな。俺の部屋は自由に使ってくれていいから」

「ごめんね、美奈ちゃん、マコちゃん」

 美奈の部屋にはテレビがないから、ゲームをする時は必然的に俺の部屋になる。この二人なら部屋を荒らさないってわかってるし、信頼してるから安心して部屋を貸すことが出来る。

「いいよいいよ。気にしないで」

「むしろ部屋を使わせてくれることにお礼を言わなきゃ……」

「いいってそんなの。次は一緒にやろうな」

「うん!」

 こうしてシスターズに見送られ、俺と綾奈は家を出た。

 それにしても、結果としてすぐにキスをしなくて正解だったな。

 キスをしていたらノックにも気づかないほど夢中になっていたかもだし、途中でやめたらモヤモヤしてたはずだからな。

 こうなると考えなきゃいけないのは、イチャイチャ出来る場所なんだけど……。

「さて、どうするかな?」

「真人、私の家、行こ?」

 俺もそれは考えていた。むしろ綾奈の家以外思いつかなかった。

「明奈さんいると思うけど大丈夫かな?」

「多分、お母さんも私たちが帰ってきたら察すると思うから、部屋には入ってこないと思うよ」

 入ってくるとしたら、ココアを持ってきてくれる時くらいか。

 いつも明奈さんにやってもらうんじゃなく、俺が自分からしないといけないのになぁ。行ったら明奈さんに聞いてみよう。

「じゃあ、綾奈の家にお邪魔していい?」

「もちろん。というか真人の家でもあるんだからね」

「そう、だね」

 西蓮寺家のみなさんには家族と思われているけど、ここで即答すると何様なんだと思われてしまうかもしれないし、俺自身嬉しさでちょっと照れくさかった。

「真人、早く行こ」

「わ、わかった」

 綾奈に手を引っ張られながら、俺たちは綾奈の家に向かって歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る