第657話 とことん同じ

「えっと……綾奈の話したかったことって、もしかして……それだった?」

『う、うん。あぅ~……』

 綾奈がめちゃくちゃ恥ずかしがっている。

 きっと今の表情は猛烈に可愛いんだろうな。ビデオ通話に切り替えて見たい。さすがに綾奈も怒っちゃうだろうからしないけどさ。

 それにしても……マジかよ。

 お願いしたいタイミングが一緒だということに嬉しくなったけど、まさかその内容までも一緒だったとは……。

 そう理解した俺の心は、恐怖心が霧散し、嬉しさや高揚感に満ちていった。

 しばらく沈黙が続いたあと、今度は綾奈が俺とイチャイチャしたいと思った理由をポツポツと話してくれた。

 綾奈……あの日は我慢していたんだな。

 俺にピタッと寄り添ってくれたり膝枕をしてくれたり……いつもの俺たちなら、高確率でキスをするタイミングなんだけど、俺を慮ってそれ以上のことはしてこなかった。

 俺も正直……合唱部との問題が解決するまでは、綾奈とキスやそれ以上のことをする気になれなかったのが本音だから、結果的に綾奈にすごく我慢をさせてしまった。

 俺たちが揃って早朝ランニングを始めてから、一度もキスをしなかった日なんて一日もなかったもんな。あの日が初めてだ。

 綾奈の方からも俺に甘えてくることが多いから、この春休みにガッツリイチャイチャしなかった影響も相まって、綾奈も限界がやってきてしまったんだ。

 というか、まさか千佳さんに相談していたなんて……。

 それを聞いて、俺はちょっと笑った。

『どうしたの真人?』

 お、綾奈の呼び方が元に戻った。どうやら照れもマシになったみたいだな。

「いやごめん。俺たち、とことん同じだなって思うとめちゃくちゃ嬉しくなってさ」

『同じ……あ』

「うん。思ってることもタイミングも一緒ってだけでもびっくりなのに、まさかお互い同じことで親友に相談してるのさえ一緒だったんだから」

『うん……ふふ、あはは』

 綾奈が笑ってくれた。緊張や羞恥心は薄れたみたいだな。

「俺たち、つくづくシンクロ感がヤバいというか、似た者夫婦だよね」

『うん。すごく嬉しい』

「俺も嬉しいよ」

 大好きなお嫁さんと同じ考えだった、タイミングも同じだったってわかって、嬉しくならないはずがない。

 俺たちは少しのあいだ笑い合い、静かになったタイミングで一度だけ咳払いをしてから、俺からこういった。

「じゃあさ、今から会う?」

『うん! 会いたい!』

 即答だった。しかも少し食い気味だった。

 そんな些細なことも嬉しくて、俺はまた「ははっ」と笑った。

「じゃあさ、うち……来る?」

「うん。でも、まだ午前中だけど、行っても大丈夫?」

 今の時刻は九時半。確かに人の家に行くのにはまだちょっと早い時間だ。だけど……。

「変な気を遣わないの。母さんも言ってたろ? 綾奈ならいつ来てくれても構わないって」

 西蓮寺家、そして松木家の皆さんが俺を家族と思ってくれているのと同じで、うちも全員が綾奈を家族と思っている。杏子姉ぇだってそうだ。

『うん。ありがとう真人』

「俺は何もしてないよ。じゃあ迎えに行くよ」

『え!?』

 俺がそう言うと、綾奈はすごくびっくりした。何か変なことでも言ったかな?

「どうしたの?」

『う、嬉しいけど、真人の家に行くから、真人が往復することに……』

 なんだそんなことか。全然気にしなくていいのに。

「綾奈に早く会いたいからさ……家で綾奈を待ってるあいだソワソワするよりも動いた方がいいと思ってね」

『うぅ~……、じ、じゃあT字路で待ち合わせにしない?』

「わかったよ」

 多分、綾奈は折れないと思ったから了承した。そんな押し問答よりも、本当に早く綾奈に会いたいから。

『じゃあ準備して、出る時になったらメッセージ送るね』

「わかった。準備はゆっくりでいいからね」

『は~い。また後でね』

「うん。また後で」

 俺たちはお互いに「大好きだよ」と言って電話を切った。

 スマホをローテーブルに置き、ちゃちゃっと着替え、ちょっと部屋を掃除したら綾奈からメッセージが来たので、クリスマスデートの時にしたメガネを装着し、母さんに綾奈が来ると伝えてから、逸る気持ちを抑えながら家を出た。

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