第656話 願望を伝え合う

 俺が電話をかけると、すぐに綾奈は出た。

 コール音を聞いていてもドキドキするし、相手が出てもドキドキする。

 と、とにかく……このドキドキを一度気にしないようにして、綾奈にイチャイチャしたい胸を伝えるんだ。

「も、もしもし綾奈?」

『う、うん……ましゃと……』

 あれ? 電話越しの綾奈……どうしたんだろ? なんで既に『ましゃと』って呼んでるんだ?

 綾奈が俺をそう呼ぶ時って、照れや恥ずかしさが一定以上を超えた時だけど……え、なんで既に照れているんだ?

 俺から電話が来たから……じゃないはずだし。そうだったら毎回『ましゃと』呼びになるもんな。

 おっと、考えるのはあとだ。今はとにかく、アレを伝えないと。

「い、今って……大丈夫?」

『う、うん。大丈夫だよ。その……わ、私もましゃととお話したいことがあったから』

「そ、そうなんだ。一緒だね」

『う、うん。えへへ、嬉しいなぁ』

 同じタイミングで話したいことがある。まさかのシンクロに俺も嬉しくなってくる。

 で、でも、俺の要件を伝えると、綾奈をがっかりさせてしまうかもしれないんだよな。

「その……綾奈の話したいことって?」

『え、えっと……ま、ましゃとからどうぞ!』

 レディーファースト、そして俺のお願いを聞いた綾奈が話す気をなくすかもしれないと思って、先に綾奈に言ってもらおうとしたんだけど、まさか俺に返ってくるとは……。

「えっと……もしかしたら、綾奈の気分を害するかもだけど、ほ、本当に俺からで、いいの?」

『ま、ましゃとは人を傷つけることを自分から言う人じゃないってわかってるし、ましゃとのお願いなら、聞きたいから』

 相変わらず、俺への信頼がすごくてめちゃくちゃ嬉しいけど、今回ばかりはその信頼を壊してしまう恐れがある。

 けど……一哉の言葉を思い出せ。これからの長い人生、こんなお願いをする機会はきっと何十回、何百回とやって来るはずなんだ。

 ここでひよってたらダメだ。

 信頼を壊してしまうかもしれないという恐怖を、今だけは心の奥にしまうんだ。

「じ、じゃあ、言うよ?」

『う、うん……』

 俺は深呼吸をし、心を落ち着けてから言った。

「あ、綾奈と……イチャイチャしたい!」

『っ!』

 俺がそう伝えた瞬間、綾奈が息を呑むのがわかった。やっぱりびっくりするよな。

 そこから、綾奈からの返答はなかったので、俺はイチャイチャしたいと思った理由を、一哉に相談に乗ってもらったことも含めて話した。

 俺が話しているあいだ、綾奈はずっと相槌だけで、その相槌も弱々しかった。聞いていて恥ずかしかったのかもしれない。

 だけど俺は、気にしながらもやめなかった。ここまで話したら一緒だと思って全部話した。

『……』

 だけど、話し終えても綾奈からの返答はない。やっぱり気を悪くさせてしまったようだ。

 これ以上は……無理だな。

「ご、ごめん綾奈。やっぱりダメだよね。うん、忘れ───」

『わ、私も……!』

 俺のお願いを忘れてもらおうとしたんだけど、綾奈が大きな声を出してそれを阻んだ。

 ……ん? 私もって、なんだ?

「え?」

『わ、私も……ま、ましゃとと……い、イチャイチャしたい……です』

「……え?」

 綾奈の声にデクレッシェンドがかかり、徐々に小さくなっていったんだけど、俺の耳にはしっかりと届いていた。

 あ、綾奈もイチャイチャしたかったって……マジですか?

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