第653話 杏子にお礼を
その日の夜、俺は杏子姉ぇに電話をかけた。
俺の為に部長に怒ってくれた杏子姉ぇには、ちゃんと今回の顛末を教えておかないとと思ったからだ。
それプラス、俺からきちんと言っておかないと、新学期が始まった、もしくはこの春休み中に杏子姉ぇがまた部長に絡みに行く可能性があったから、これ以上部長を怖がらせないためにも、俺から話した方がいいと判断したからだ。
本気で怒ってるにしろ、そうでないにしろ、役者の杏子姉ぇに本気で凄まれたら、絶対にビビる。
杏子姉ぇがこっちに帰ってきてから、杏子姉ぇが出たドラマや映画を数本観たけど、怒ってる演技の杏子姉ぇの迫力は凄まじかった。
もう一回迫られたら、部長泣いちゃうんじゃないかと心配になるほどに……。
五コールくらいして杏子姉ぇが出た。
「もしもし杏子姉ぇ、今って大丈夫?」
『あ、マサ! うん。ちょうどお風呂から出たところだから大丈夫だよ』
杏子姉ぇは風呂上がりか。もう少し時間をあけて連絡したら、もしくはメッセージを入れてからの方が良かったな。
『あ、もしかして、例の件で電話くれた?』
さすが杏子姉ぇ……すぐにわかってしまったか。
「うん。部長が昨日、杏子姉ぇに待ち伏せされて怒られたって聞いてね」
『そりゃ怒るよ。マサは大事な弟なんだから。マサだって、もし私に何かあったら怒るでしょ?』
「当たり前じゃん」
杏子姉ぇはいとこのお姉さんで大事な家族だ。親族って言った方が正しいのかもしれないけど、杏子姉ぇがこっちに帰ってきて、昔みたいにいっぱい話すようになって、なんとなく親族より家族と言いたいと思ったんだ。
『ありがとマサ。それで、部長ちゃんはマサにちゃんと謝ったんだよね?』
部長ちゃん……まぁ、杏子姉ぇとはタメだからいいか。
「うん。ちゃんと謝ってくれたよ」
『そっか! よかったぁ。っていうか、わざわざそれを言うために電話したの?』
「まあね。早く言っとかないと、杏子姉ぇが部長にキツく詰め寄りそうだったからね」
『あ! 部長ちゃんの肩を持つなんて……お姉ちゃんは悲しいなぁ』
「別に肩を持ったわけじゃないよ。杏子姉ぇが部長を泣かせるかもしれないと思ったからね」
『いや泣かせないし!』
「でも部長、すごい迫力だったって言ってたよ」
だから心配になるのも当然だよ。
『マジかぁ……あれ? そういえば、後々考えたら、部長ちゃんってあの時かなり落ち込んでたような……』
「麻里姉ぇから真実を聞かされた後だったからじゃない?」
だから部長にしたら、杏子姉ぇに追い打ちをかけられたって感じだったんだろうな。
『え、麻里奈さん!? もしかして昨日、麻里奈さん風見に来てたの!?』
「行ったよ。まさかこんなに早く行動を起こしてくれるとは思ってなかったよ」
『そ、そうなんだ。うわぁ……私、部長ちゃんに謝った方がいいのかな?』
「ど、どうだろ? 部長はいらないって言うかもだけど、杏子姉ぇがそう思うなら謝ってもいいと思うよ」
多分だけど、杏子姉ぇが謝っても部長は、『私が勘違いをしたのがいけなかったから……』って言いそうだけど、もしかしたらこれが原因で杏子姉ぇと部長のあいだに気まずい空気が流れるかもしれない。
もしも同じクラスになれば、授業中もずっとその空気に耐えないといけないと考えると、確かに謝った方がいいのかもしれないな。
『そうだね。ちなみに明日って合唱部は……』
「金曜日だから休みだね」
だから明日学校に行っても、合唱部員は誰一人としていない。
『マジかぁ……なら新学期が始まったら、直接謝ろう』
「そうしてあげてよ」
これなら杏子姉ぇと部長の仲が拗れることはないと安心した俺は、続けて杏子姉ぇに伝えた。
「杏子姉ぇ、ありがとう」
『え、どしたの急に?』
「怒ってくれて、嬉しかった」
怒り方はちょっとアレだったかもしれないが、それでも俺は杏子姉ぇが俺のために真剣に怒ってくれたことが本当に嬉しかった。だからお礼だけはどうしても伝えたかった。
『当たり前のことをしただけだから、別にいいよ』
「だとしても、お礼は言いたかったからさ。ありがとう杏子姉ぇ」
『も、もう! 何回言ってんの!?』
「もしかして照れてる?」
『て、照れてないから!』
絶対に照れているな。杏子姉ぇって素直に褒められたりするの弱いからな。
俺が笑うと、杏子姉ぇは電話越しに、『お姉ちゃんをからかわないの!』と抗議していたがスルーした。
いつもは俺がからかわれてる側だから、たまにはいいよな?
「じゃあ、そろそろ切るね」
言いたいことも言えたし、あまり遅くなっても杏子姉ぇの迷惑になるからな。ここらがいい頃合いだろう。
『うん。次会うのは新学期が始まってかな?』
「かな」
本当は春休み中にもう一度会う機会があるかもだけど、まだ確定ではないから言わないでおこう。
『新学期が始まったら、またちょくちょく遊びに行くからね~』
「わかったよ」
学校では程々な絡みをお願いしたいけど、まぁ無理だよな。杏子姉ぇだし。
『じゃあおやすみ、マサ』
「うん。おやすみ杏子姉ぇ」
杏子姉ぇとの通話が終了し、俺はスマホをローテーブルの上に置いた。
立ち上がり、一度背伸びをしてからベッドに入る。
みんなのおかげで問題も解決出来たし、今日はぐっすりと眠れそうだ。
そう思い電気を消して布団をかぶると、五分もしないうちに俺の意識は夢の中へと
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