第651話 解決してないだろ
二日後の四月六日、木曜日。
俺は音楽室から少し離れた廊下に一哉と二人でいる。
部活に復帰出来ると思っても、あんなことがあったあとなのでやっぱり入るのは緊張する。
誤解は解けたと言っても、俺が入ったら絶対にしん……と静まり返って、みんな俺を見てくるのは間違いない。謝罪があるとは思うけど、緊張するものはどうしたって緊張する。
「なあ、そろそろ入らないか?」
いつまでも入ろうとしない俺を見かねて、一哉が嘆息しながら言った。
「いや、そうなんだけど……」
「松木先生のおかげでお前の疑いも晴れたんだ。なのにいつまでひよってるんだよ」
「……お前は緊張とかしないのかよ?」
「別に。それよりもお前に頭を下げる姿を見たい」
その一言だけを聞くと何やら違う意味で解釈してしまいそうになるな。
「というか、ビクビクすんのはむしろ部長たちだろ? 勘違いでお前に、松木先生にあれだけ言ったんだから」
「喧嘩腰になるなよ。もう解決したんだから」
今さらいがみあったって、それはもう不毛なだけだ。
「してないだろ」
「え?」
解決……してないのか? いや、一哉だってさっき、疑いが晴れたって───
「お前にちゃんと謝罪するまでは解決とは言わねーよ」
「一哉……」
どうやら一哉の中では、みんながちゃんと頭を下げて謝らない限りは許さないみたいだな。
まったくこいつは……。
「もういいだろ? ほら行くぞ!」
「ちょま……」
いつまでも音楽室に入ろうとしない俺にしびれを切らし、一哉は俺の手首を掴んでそのまま廊下を進み、そして音楽室の扉を開けた。
そうすると、まぁさっき予想した通り、みんなのおしゃべりが
うおぉ……わかってはいたけど、この針のむしろ状態……いや、針のむしろはむしろ三日前だな。
今のこれは……なんだろ? 針のむしろではないけど、やっぱり視線をすごく感じる。
「お、おい一哉……」
俺は小声で前を行く一哉を呼ぶが反応はない。相変わらず俺の手首を持ってずんずんと音楽室を突き進む。
「な、中筋君、山根君……」
音楽室の奥……男子たちがいるエリア、その一角に行こうとして、後ろから声をかけられた。この声は部長だ。
俺と一哉は立ち止まり、ゆっくりと部長を見る。
部長は少し俯いていて、口を真一文字にし、眉は下がり、眉間にシワが寄っていて、右手で左腕の肘くらいの所を掴んでいる。
「……なんすか部長?」
「!」
一哉の敵意が言葉に乗って部長を襲う。
もう争う気はないんだから普通に言えよな……部長、少しビビってるじゃん。
「その……本当にごめんなさい!」
部長の謝罪が音楽室に響き渡り、部長は頭を下げた。それはもう前屈でもしてるんじゃないかってくらい。
「「……」」
「松木先生が中筋君の婚約者……西蓮寺さんのお姉さんだとは知らなくて、二人の話に耳を貸さずに、一方的に酷いことを言ってしまって……本当にごめんなさい!!」
麻里姉ぇ……本当に綾奈と姉妹だってことを打ち明けたんだな。
今まで秘密にしていたことを、俺のためにバラすのは……やっぱり少し申し訳なく思ってしまうな。
部長……まだ頭を上げないな。もしかして、俺たちが何かを言うまでずっとそのままの体勢でいるつもりなのか?
「今さら虫がいいのはわかってるけど……私たちが全国に行くには、中筋君と山根君の力が不可欠なの! だから……二人の力を、また私たちに貸してください!」
そう言って、部長はまた頭を下げた……が。
「……!」
え、なんだって?
全国に行くのに、俺たちの力が必要?
な、なんでそんな大袈裟に言ってるんだ?
俺の歌唱力を過大評価しすぎじゃないのか?
そ、そりゃあ……なんか麻里姉ぇには一目置かれてるっぽいけど、それでもこんな評価を受けられるほどなのか?
ま、まぁ……もう数分の内に坂井先生も来るから、聞いたりはせずに心の中に留めておこう。
よけはわからないけど、俺の歌唱力があの麻里姉ぇに認められているって思うと、ちょっと嬉しくなった。
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