第650話 抱擁と約束
「ええ、本当よ……って、どうしたの真人? ほうけちゃって」
麻里姉ぇが言ったように、俺はただボーッと麻里姉ぇを見ていた。多分間抜けな顔をしているに違いない。
もちろん嬉しくないわけではない。
ただなんというか、色んな感情や疑問がいっぺんに出てきて、どんな顔をすればいいのかがわからない。
「いや、どうやって誤解を解いたのかなって思って……」
「そんなの簡単よ。私と綾奈が姉妹、私は義弟として真人を可愛がってるだけ、そして真人の泣きながらの本心を打ち明けたあの音声を聞かせたら、みんな非を認めてくれたわ。もちろん莉子もフォローしてくれたしね」
「ま、マジ……?」
「マジよ」
『簡単』って言ってるけど、絶対に口で言うよりも難しかったはずだ。
そしてあのいつの間にか録音していた音声を、マジで聞かせたんだ。麻里姉ぇには了承していたけど、アレをみんなに聞かれたと思うと今さらながらにちょっと恥ずかしくなるな。
それから俺は、もう一つの心配事を麻里奈姉ぇに聞いた。
「麻里姉ぇは、部長や他のみんなに何か言われなかった?」
昨日、部長は麻里姉ぇにも『気持ち悪い』と言っていた。そんな部長が眼前に現れた麻里姉ぇに噛みつかないというのは考えられない。きっと今日も何か言われたんじゃ……。
「言われたけど、ちゃんと謝罪もしてもらったから気にしてないわ。そんなことより真人、ちょっと立ってくれるかしら?」
「え? う、うん」
麻里姉ぇに言われるがまま、俺はベッドから立ち上がる。
そして次の瞬間、パニックに陥った。
「は!? え、ちょ───」
なぜなら、麻里姉ぇがいきなり俺にハグしてきたからだ。
「お、お姉ちゃん!?」
この通り、綾奈も自分の姉ちゃんが
あ、綾奈とは違う、麻里姉ぇのいい匂いが俺の鼻腔に……!
心臓もめちゃくちゃ鼓動を早くしていて、絶対に麻里姉ぇにバレるやつだ。
ベッドに座っている綾奈から『むぅ』は聞こえない。やっぱり家族は嫉妬の対象外なんだ……良かった。いや、全然良くないけど!
「私の悪口を言われて怒ってたって聞いたわ……ありがとう。そして我慢させてしまってごめんなさい」
「いや、その……お、俺も、麻里姉ぇは家族だって思ってて、か、家族を悪く言われて怒らない人なんていないよ。我慢も……してなかったと言えば嘘になるけど、でも秘密だけは守らなきゃって思ってたからさ」
テンパって頭が上手く回らないけど、多分これでも伝わったはず……だよな。
「ふふ、ありがとう真人。嬉しいわ」
「う、うん……」
「お、お姉ちゃんもうおしまい! 真人から離れて!」
後ろにいる綾奈が叫んだ。どうやら我慢していたみたいだけど、限界がきたみたいだ。
自分の家族でも長時間俺にハグするのはやっぱりダメなのか、それとも俺がドキドキしていたから止めたのか……聞かない方がいいな。
「ふふ、ごめんね綾奈」
「うん……」
麻里姉ぇを許した綾奈は、俺の胸に抱きついてきた。
そして俺も、自然と両手が綾奈の背中と頭に動いていた。
「その、本当にありがとう麻里姉ぇ。何か、お礼をしなきゃだけど……」
ここまでしてもらって、さすがにお礼のひとつもないんじゃ不義理というか失礼というか……とにかく何かをしなきゃと思ったんだけど……。
「いいわよお礼なんて。私がしたくてやったまでなんだから」
「でも……」
麻里姉ぇならそう言うかもと思ったけど、そう簡単に引き下がれない。
俺も案があるわけじゃないけど……今度ドゥー・ボヌールに菓子折でも持っていくか? いや、さすがにケーキ屋にそれはアウトか?
俺があれこれ考えていると、麻里姉ぇが言った。
「なら、風見高校も一緒に全国大会に来ること……これでどうかしら?」
「ぜ、全国に!?」
「ええ。真人も全国大会出場を目指していて、目先の問題も解決した……何も気にせずに目標に打ち込めるわよね?」
お礼を考えていたのに、なんかすごい難しい要求をされた気分だ。
でも麻里姉ぇの言う通り、これで障害は取り除かれた。あとは学業と綾奈との時間さえ疎かにしなければ、俺も頑張ることが出来る!
「……わかった。必ず……とはまだ言えないけど、俺も最大限頑張る。約束するよ」
「それでいいわ。もちろん
「真人、一緒に全国大会に行けたら、現地の観光をしようね」
「もちろん、喜んで。その時は一哉と千佳さんも一緒ね」
それが実現出来て、あの二人を仲間外れってのは申し訳ないもんな。
「うん!」
まだ先になるけど、楽しみが増えたな。マジで実現出来るように頑張らないと!
その夜、俺は一哉と連絡を取り、俺たちの退部が撤回されたことを報告した。
明日の部活は休みだから、明後日からまた参加することとなるのだが……一日またぐと変に緊張しそうだな。
まぁでも、気にしててもしょうがないので、落ち着いて明後日を待つことにしよう。
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