第649話 半強制膝枕
もうすぐ正午になる頃、俺は自室で綾奈に膝枕をされていた。
もちろん嬉しいよ。
嬉しいんだけど、俺から綾奈に頼んだわけではない。晴れないメンタルで、俺が頼めば綾奈は喜んでしてくれるのはわかってるけど、そのメンタルで厚かましくもお願い出来るほど、俺も図太くはない。
半ば無理やり、綾奈が俺の頭を自分の膝に持っていった結果だ。
「あ、綾奈。もうそろそろ……」
「ダ~メ」
俺が起き上がろうとしてもそれを阻止してくる。
綾奈の右手は俺の頭を優しく撫で、左手は俺の胸に置かれている。
左手に力なんて込められてないのに、どうしても無理やりに起きようという気にさせてくれない。
わかってるよ。お嫁さんが俺を想ってこうしてるってことくらい。
俺にネガティブな考えをさせないために、わざと強引に膝枕をしている……綾奈なりのやり方なのも。
現に今、俺は昨日のことをずっとウダウダと考えずにいられているわけだから。
単に綾奈が膝枕をしたかっただけというのも考えられるけど、それを口にするのはマナー違反になるから心の中だけに留めておくけど。
綾奈の存在にありがたみを感じて、俺の顔をずーっと覗き込んでいる綾奈に感謝を込めて笑いかけてみた。
「っ!」
すると綾奈は、目を見開いて頬を染めた。
「……」
そして綾奈も俺に微笑み返してくれたので、俺もドキッとして顔が熱くなった。相変わらず、とんでもない可愛さだ。
そんなやり取りをしていると、外から父さんと母さんのではない、だけど聞き慣れたエンジン音が聞こえてきた。これは間違いなく麻里姉ぇの車だ。
「お姉ちゃんだ」
「うん」
麻里姉ぇが今日もここに来たってことは、やっぱり風見高校に行っていたのか?
そして話し合いが終わったから、その結果を伝えに来てくれたのかもしれない。とすれば、すぐにこの部屋にやって来る。真面目な話をするのに、綾奈に膝枕をされたまま麻里姉ぇを出迎えるわけにはいかない。
「綾奈。やっぱりそろそろ……」
「……うん」
綾奈は頭を撫でるのをやめ、そして俺の胸に置いていた手も離したので、俺はゆっくりと上体を起こした。
というかなんでそんなに寂しそうな顔をしてるんだ? やっぱり個人的に膝枕をしたかったんだな。やっぱり可愛いな俺のお嫁さん。
程なくしてノックが聞こえたので、俺は「どうぞ」と言って入室を促すと、麻里姉ぇが入ってきた。
「真人、綾奈。昨日言った通り、風見の合唱部のみんなと話をつけてきたわ」
「う、うん……」
俺はゴクリと喉を鳴らして唾を飲み込む。
まさか昨日の今日で本当に有言実行してしまうとは……麻里姉ぇの行動力には恐れ入る。
そしてこの話し合いの
俺が合唱部に戻ることが出来るのか……そして麻里姉ぇがこの誤解で教師を続けれるのか否か……。
否が応でも緊張する。
そのせいで頭が回ってないのか、『綾奈がいることに驚きもしないんだな』ってアホなことを思ってしまった。
綾奈の性格を考えれば予想しやすいし、それ以前に玄関に綾奈の靴があるのだから驚きはしないって。
「早速だけど真人。結果なんだけど……」
「う、うん……」
麻里姉ぇが、その綺麗すぎる顔で、真剣な眼差しで俺を見てくる。
俺はもう一度唾を飲み込む。決して麻里姉ぇに見られてドキドキしているわけではないので。
「合唱部に戻れることになったわ。良かったわね真人」
「っ!」
「ほ、本当!? お姉ちゃん!」
なんか綾奈の方が俺よりも大きなリアクションだ。それほどまでに心配してくれていたんだよな。
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