第648話 最後の意思確認

 五秒ほどして、またも麻里奈が口を開き、今度は部員たちに問うた。

「あなたたちは真人の本心……まだここに戻りたい意志があることを知ったわけだけど、あなたたちは真人を、そして山根君を再び迎え入れてくれるのかしら?」

 麻里奈の、部員たちへの最後の意思確認……真人と一哉を合唱部のメンバーとして歓迎するのか否か……。

 しかし、そんな意思確認は最早必要なく、部員たちの気持ちは既に決まっていた。

「はい」

 代表して部長が肯定の意志を示す。

 尾行、盗撮をして掴んだ情報が完全な勘違いで、真人と一哉の言い分を無視し、一方的に話を進め、さらに二人が抜けた穴を誰かが補うのすら難しい状況……もとより肯定するしか道はなかった。

 他の部員も、部長と同じ考えで、皆、麻里奈を見て首肯した。

 見事誤解を解くことに成功した麻里奈だが、まだその表情は険しいままだった。

「真人にはこのあと伝えておくわ。わかってるとは思うけど、みんな真人と山根君にはしっかりと謝ること。特に部長さんと……あなた!」

 麻里奈は『中筋はクソ』と言った男子部員を睨みつけ、睨みつけられた男子は目を見開き自分を指さした。

「えっ!?」

「私の義弟をクソ呼ばわりしたこと……義姉としてはどうしても許せないの。だからあなたも真人には本気で謝りなさい。もちろん真人に確認するから」

「麻里奈は本気よ。家族を本当に大切にしてるから、きっと腸が煮えくり返ってるのを抑えてるのよ。麻里奈の言うことを聞かないと……きっと翔太こわいおにいさんが来るわよ」

 真人が合唱部に戻ってきた際、この男子が真人に謝らなかった……もしくは誠意がない謝罪をしようものなら、真人は正直に麻里奈に報告し、翔太が出張ってくる結果となる。

 翔太もまた、麻里奈と同じく家族を大切にする男なので、この男子がきちんと謝罪をしなければは免れない。

「こ、怖いお兄さんというのは……」

「……知らない方がいいわよ。あの人普段はすっごく優しいけど、キレたら本当におっかないから」

 実際、莉子は翔太がキレた現場を目撃したことはないが、数々の逸話を麻里奈と、そして翔太本人から聞いているので、その時から『翔太だけは何があっても怒らせてはいけない』というのを肝に銘じていた。

「わ、わかりました……」

 莉子の震え声を聞いて、なんだかわからないけどガチなんだと悟った男子は、震え声で頷くしかなかった。

 だが、それだけでは終わらない。

「というか、中筋に暴言を吐いたのは俺だけじゃなくてお前らもだろ!?」

 男子部員は、自分に降りかかりそうになった火の粉を、他の部員にも飛ばした。男子だけでなく、女子にも。

「ちょ、おま……!」

「今それを言うなよ!」

「そ、そうよ! 何考えてんの!?」

「わ、私は言ってないし!」

「ふぅん……いいことを聞いたわ」

「「「「!!」」」」

 麻里奈の低い声に、昨日真人に暴言を吐いた部員たちはビクッと肩を震わせ、冷や汗が流れる。

 おそるおそる麻里奈を見ると、口の端片方だけをつり上げてニヤリと笑みを浮かべていた。

「ならあなたたちも、真人にはしっかりと謝ること。いいわね?」

「「「「は、はい……」」」」

 この四人も、選択肢はなかった。

「その、松木先生……酷いことを言ってしまい、ごめんなさい!」

「私はもういいから、その分真人に謝ってあげて」

「……はい!」

 麻里奈は部長の謝罪を受け入れ、部長は麻里奈の目を見て頷いた。

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