第647話 突きつける現実

 部員たちが誰一人として何も言わないのを見て、麻里奈は次に、莉子にこう問いかけた。

「莉子、男子に臨時じゃない正規の合唱部員って何人いるの?」

 それは男子の合唱部員の人数……この質問は、莉子や部長が掲げている目標に大きく関係しているものとなる。

「正規の部員はいないわね。男子は全員臨時の部員よ」

 莉子の言ったように、風見高校の合唱部員は女子しかいない。それも十人と少しだけだ。

 混声四部のコンクールに出場するのならもちろん人数が足りないので、男子はもちろん、女子にも莉子が上手いと思った生徒に声をかけて集まってもらっていた。

「な、なんの話を……」

「おかしなことを聞くのね。なぜ私がこんな質問をするのか、部長のあなたがわからないはずがないと思っていたのだけど」

「っ!」


「はっきり言うけど、真人がいない今の合唱部は、全国大会出場は相当厳しいわよ?」


 麻里奈は部長に容赦なく言い放った。

 部長もそれをわかっているのか、俯いて何も答えない。

 部長の反応を見て、麻里奈はさらに続ける。

「私はあの合同練習で、男子では真人が……真人だけがいい声を、歌唱力をしていると思ったわ。声もよく通っていたしね。初見の私が思えるのだから、私よりずっと真人の歌を聞いていた部長さんや、莉子ならわかっているはずよね?」

 部長が相変わらず何も答えないので、麻里奈は莉子を見ると、莉子は首肯した。

「そうね。正直中筋君をアテにしていたから、かなり困っていたのが本音ね」

 ここで一人の男子部員が声を大にして麻里奈に意見する。その男子は、麻里奈がこの音楽室に入ってきた時に『中筋はクソ』と言った男子だった。

「それは先生があいつを家族目線で贔屓してるからでしょ!? 中筋一人がいないくらいで、そんな大げさな!」

「私は贔屓なんてしてないわよ。私が真人と初めて会ったのは合同練習の時よ。当然綾奈とは付き合ってなかったし、綾奈が真人に惚れているのを知ったのは練習後だから、贔屓のしようがないし、あなたがそう思っても、顧問と部長はそうは思ってないみたいよ」

「え?」

 男子部員は莉子と部長を見る。部長は相変わらず俯いているし、莉子も麻里奈の言い分が正しいとわかっているので本当に困った表情をしている。

 と、ここで部長が小さい声で言った。

「正直、中筋君の実力は認めていました。坂井先生の言ったように私もアテにしていました。ですが高崎高校の生徒と婚約していて、コンクールも真面目に取り組まないのでは? と思って、いけないとわかっていながら後をつけて、先生と浮気していると思った現場を目撃して、『気持ち悪い』、『そんな不純な部員はいらない』という気持ちしかなくて、退部勧告を言い渡しました」

 この部長はよく言えば真人以上の真面目、悪く言えば直情的な堅物だ。

 真人を尾行したのも、真人が本当に風見高校合唱部のために力を尽くしてくれるかを見極めるためにした行為。

 だが、その結果見てしまったのは高崎高校合唱部顧問との、『ただの知り合い』では到底片付けられないほどの仲睦まじいやり取りだった。

 これにより部長は、『真人が浮気をしている』と勝手に解釈をしてしまい、勝手に真人に失望、軽蔑し、結果退部を言い渡してしまったのだ。

「それに山根君も……」

「そうね。山根君も真人に近い実力を持っていたわね」

 真人と一哉は、言わば風見高校合唱部、テノールとバスの支柱的存在だった。その柱を二本とも失ってしまっては、莉子も頭を抱えるしかなかった。

「やっぱり、わかるんですね……」

「当たり前よ。あの日、何度も聞いたのだから」

 麻里奈が静かにそう言うと、また音楽室に沈黙が訪れた。

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