第646話 真実とその証拠
「な、中筋君の婚約者と先生が姉妹……? ほ、本当に?」
「本当よ。どうしても信じられないというのなら家系図でもなんでも持って来るし、後日DNA鑑定をして、その結果をあなたたちに見せるのでもいいわよ」
この中で一番信じられないでいる部長に、麻里奈は自分と綾奈は姉妹だという絶対的な真実を物的証拠まで用意して突きつけようとする。
そこで莉子がスマホを取り出して麻里奈をフォローする。
「そんなのしなくても大丈夫よ麻里奈。あなたと翔太さんの結婚式の写真があるから、それを見せればいいじゃない」
「それもそうね。莉子、お願いできる?」
「もちろんよ。それにしても、もう三年以上も前なのよねぇ。大学を卒業して程なくして結婚するって聞いた時はびっくりしたわ」
「そういうのはあとで。今は真人の誤解を解くのが先決なんだから」
「「!?」」
麻里奈が真人を呼び捨てにしたことに、部員はみな驚いていた。だがそれには気にもとめず、教師二人はお目当ての写真を探している。
「そうね。みんな、ちょっとこっちに来てちょうだい」
莉子の指示で、部員は移動し、教師二人を囲むような形で集まった。
「はい、これがその写真よ」
莉子は写真が表示されたスマホを、皆が見えるようにかざす。
その写真は、麻里奈と翔太の結婚披露宴での一枚。新郎新婦が座る高砂には麻里奈と翔太が、そして二人の後ろに、二人の家族が集まった、両家揃い踏みの写真だ。当時中学一年の綾奈は、姉の後ろでまだまだあどけない表情で微笑んでいる。
「こ、これ……確かに中筋君の婚約者さんだ!」
「ほ、本当だ!」
「やっべぇ……この頃から既にむちゃくちゃ可愛い」
「先生……綺麗」
「先生の旦那さん、カッコよすぎない!?」
「でも、どこかで見たような……」
「……」
部員たちが思い思いの言葉を口にしているが、部長は写真を目を見開いてじっと見ているだけだ。
「これは私が撮った写真だから間違いないわよ。それから麻里奈の旦那さん……翔太さんは、あのドゥー・ボヌールの店長さんだから、多分ニュース番組の特集で見たんじゃないかしら?」
『ドゥー・ボヌール』というワードに、女子たちがどよめきだす。
「え! ドゥー・ボヌール!?」
「ケーキがめっちゃ美味しいって有名な!?」
「前々から行こうとは思ってたんだよね!」
などなど、真人のことなど既に忘れていそうな女子たちの黄色い声の中に、部長の声が響く。
「どうして……どうして中筋君はそれを言わなかったんですか!? 言っていたら───」
「言っていたらこんなことにはならなかったのに……かしら?」
「っ!」
言おうとしていたことを正確に当てられ、息を呑む部長。それを見て麻里奈は淡々と続ける。
「私が真人にも口止めしていたからだけど、仮に昨日、真人がそのことを言ったとして、あなたは……あなたたちはそれを信じたのかしら?」
「それは……」
「みんなは……特に部長さんは聞く耳を持たなかったでしょうね。何を言っても信じてくれなかったって、真人は泣きながら言っていたから」
「え……」
今度は麻里奈がスマホを取り出して操作を始める。そしてスマホを見ながら言った。
「綾奈と婚約しているのに私と浮気してると思い込んで、
「そ、それは───」
「これを聞いても、まだそんなことが言えるのかしら?」
「え?」
麻里奈がスマホをタップすると、そこから真人の声が聞こえてきた。
それは、昨日真人が綾奈に抱きしめられながら、涙を流しながらこぼした合唱に対する真人の嘘偽りない本心。
その嗚咽混じりの訴えに、翔太のことでキャーキャーと言っていた女子部員も言葉を無くしていた。
彼らの中にあるのは、自分たちの考えが全くの勘違いだったという遅すぎる理解と、無実の罪を着せ、心無い言葉を浴びせ、挙句真人を自主退部にまで追い込んでしまったことへの、深い自責の念だった。
「私は今日、高崎高校の教師……合唱部顧問としてではなく、真人の義姉としてここにいる。私が一番許せないのは、私と綾奈が姉妹という事実を秘密にした結果、大切な義弟を泣かせてしまった自分自身だけど、真人の家族として、真人に心無い言葉を浴びせ、弁明もさせずに真人の言葉を聞こうともしなかったあなたたちも、許せないわ……」
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