第642話 本心
「っ! ……しい……悔しい……!」
「うん」
綾奈は俺を抱きしめる力を少しだけ強めた。
「俺は、俺だって全国に行きたくてっ、風見の合唱部の力になろうと……本気で練習を頑張ろうと思ってた! 全国に……綾奈と同じステージに立って、全力で競い合って、勝ちたいって思ってた!」
「うん」
「麻里姉ぇと付き合ってないって、俺がいくら否定しようとしても、みんな、聞く耳を持ってくれなくて、一哉以外……周りが敵だらけになって……」
「うん」
「そんな状況下で、俺が辞めれば麻里姉ぇには言わないって言われて……俺には選択肢がなかった!」
「……」
「今だって、納得なんてしていない! 出来るわけがない! 何も悪いことをしていないのに、どうして……!」
「うん」
「合唱……続けたかった……! うぅ……うあぁ……!」
それからしばらく、俺は綾奈に抱きしめられながら泣き続けた。この数時間でたまっていたものを全て吐き出すように。
「お兄ちゃん……」
俺が泣き止むと、扉の方から声が聞こえてきて、見れば美奈と茉子が廊下から顔をのぞかせていた。
「みな……まこ……」
妹たちに泣いているところを見られてしまった恥ずかしさからか、俺は慌てて服の袖で目をごしごしとこすって涙をぬぐう。
そして俺のそばに来てくれた二人に対し、必死に取り繕うために笑顔を向ける。今さら取り繕ったところで意味はないと自覚しながら。
「あ、あはは……みっともないところを見せてしまって、泣き虫でダメなアニキでごめんな」
だけど美奈はふるふると首を振り、優しい笑顔を見せ、右手を俺の頭の上に置いて、撫でた。
「麻里奈さんを守ったお兄ちゃんをダメだなんて思うはずないよ。その……聞いていて、かっこいいって思った」
「美奈……」
「綾奈さん、その……私も、いいですか?」
「うん。いいよ」
茉子は綾奈に確認をとっているみたいだけど、一体何に対して?
そう思っていたら、美奈が手を離した直後、今度は茉子が俺の頭を撫ではじめた。
「ま、茉子!?」
まさか茉子も撫でてくるとは思ってなかったので本気で驚く。
え? 茉子はこのために綾奈に確認を!?
というかあれだけで理解した綾奈もすごい。
「私もみぃちゃんと同じで、真人お兄ちゃんをか……かっこいいって思ったし、追い詰められた状況なのに松木先生を守ろうとして、その……どんな時も優しい、私のだ…………大好きな真人お兄ちゃん! だなって……」
「っ!」
ま、茉子がいきなり告白をしてきて思わずドキリとしてしまった。
茉子も顔が真っ赤だし、そうなるなら言わなければ良かったんじゃ───
「むぅ、真人がマコちゃんにドキドキしてる」
「!!」
いまだに俺を抱きしめている綾奈さんのヤキモチが頭上から降ってきた。多分頬をプクッとさせているに違いない。
「ふ、不可抗力だって……」
「あれ? お義姉ちゃんって、もうマコちゃんにヤキモチ焼かないんじゃなかったっけ?」
初詣の修斗との一件のあと、確かに言ってたな。
美奈、記憶力すごいな。
「ふ、不意打ちで告白なんて聞いてないもん!」
「ふ……あはは!」
俺は思わず笑ってしまったけど、美奈と茉子のおかげで気持ちが少し楽になった。
場の空気が少し軽くなったところで、麻里姉ぇが口を開いた。
「それで真人、あなたは合唱部に戻りたいって思ってるのかしら?」
「……」
即答は出来なかった。
あんなことがあったんだ。気持ちの整理がまだついてない。
それに、仮に戻ったとしても、俺が戻るのを反対する人は大勢いるはずだし……。
でも、泣きながら吐露した気持ちは本当で、今もまだその炎は消えていない。
「……うん」
現状で難しいとしても、俺は合唱を続けて、綾奈や麻里姉ぇ、千佳さんのいる高崎高校と戦いたいって気持ちは本当だから。
「そう。わかったわ。綾奈、千佳」
俺の意思を確認すると、キリッとした表情で、今度は綾奈と千佳さんを呼んだ。
「「はい」」
綾奈も敬語になっている。真面目な話をするからかな?
「明日の部活は休み、代わりに水曜日を部活にするわ。他のみんなにも伝えておいてくれるかしら?」
え、休み!?
明日は火曜日……普通に部活があるはずのに、なんで?
「わかりました」
「綾奈、私があなたと姉妹ということを学校では秘密にしてと頼んだけど、それを無くしても大丈夫かしら?」
こ、今度はなんの確認なんだ?
「私は大丈夫だけど、お姉ちゃんはどうするの?」
「私の、私たちの大切な家族を泣かせてしまう秘密なら、そんなものはいらない。話をつけに行くわ」
「え?」
そう言って、麻里姉ぇはスマホを取り出し、誰かに電話をかけた……。
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