第636話 秘密と誤解から始まる対立

 翌週、四月三日の月曜日。この日も部活だ。

 麻里姉ぇに送ってもらったあとはずっと家にいて、翌日の日曜日は健太郎と遊んだ。

 綾奈も香織さんと遊ぶ予定だったので、昨日は早朝ランニングの時しか会っていない。

 今日も短時間しか会っていないので、お嫁さん成分が若干足りていないのを感じながら、俺は音楽室の扉を開けた。

「おはようございま……す?」

 俺が音楽室に入ると、女子部員の纏っている空気が変わった。なんか、俺を見下し、蔑むような目で見てくる。

 男子は男子で、女子の不穏な空気を察知して緊張した面持ちの人がほとんどだ。

 ただ、女子がなんでこんな空気をまとっているのかは、わかっていないようだ。

 一哉も理由は知らないみたいで、俺が見ると、ふるふると首を左右に振った。

「えっと……な、何かありました?」

 俺が話しかけてもなんの反応もない。それどころかさらに軽蔑されている気がする。

 マジでなんなんだと思っていると、腕を組み、俺を睨みながら部長が前に出てきた。

「おはよう。中筋君」

「お、おはようございます。部長」

「中筋君って、高崎高校の合唱部の西蓮寺さん? と、婚約してるのよね?」

「は、はい。そうですけど……」

 なんの確認なんだと思っていると、女子部員がザワザワとしはじめた。「そんな風には見えないのに」とか、「人は見た目ではわからないね」とか、「最低」、「クズじゃん」とか、酷い言われようだ。

 言われのない誹謗中傷に、さすがにムッとした俺は、部長に食ってかかった。

「なんなんですか一体! 綾奈と婚約してるからって、どうしてそこまで言われないといけないんですか!?」

「それはあなたが一番よくわかってるのではないかしら?」

「わからないから聞いているんです! 綾奈が坂井先生や部長がライバル視している高崎の生徒だからですか!?」

 それだけでここまで言われるのなら、この人たちは大概だと思うけど、どんなに考えてもそれくらいしか思い当たる節はない。

 坂井先生だって一昨日はあんなこと言っていたけど、反対なんてしていなかった。むしろ俺の言葉を聞いて、俺に期待してくれていた。

 俺も綾奈たちと競えるので内心燃えていたのに、なんだってこんな……。

「少しも思わないところがない……と言われたら嘘になるけど、それだけでみんなもここまで言わないわよ。……本当にわからないの?」

 なんでそんなに俺が悪いと決めつけて喋ってるんだ?

「わからないからこうやって聞いてるじゃないですか! 俺は皆さんに蔑まれるような、人に後ろ指を指されるようなことは何一つしていません!」

 以前は堕落した生活をしていたけど、それは改善したし、今もランニングと筋トレは続けている。綾奈と婚約し、綾奈だけを愛しているし、綾奈のご家族に認められ続ける自分でいようと頑張っているつもりだ。

 人に嫌われるような、軽蔑されるようなことはしてない自覚はある。もしかしたら無意識にやらかしているかもしれないけど、だからっていきなりここまでの扱いを受けるのなら、後ろめたい何かをしている自覚していないとおかしい。

 俺の断言を聞いた女子部員は、「聞いた今の?」、「聞いた聞いた」、「ガチでクズ野郎じゃん」、「女の敵」、「最低」など、言葉の切れ味が増していた。

 なんで……どうして……?

「あくまで自分のしていることを認めないのね。それなら……」

 そこで言葉を一度止め、部長はスカートのポケットからスマホを取り出して操作をし、ある画面を俺に見せた。

「え、それって……」


「これが証拠よ。あなたと高崎高校の音楽教諭が、浮気をしているという……ね」


 部長のスマホに表示されていたのは、一昨日の土曜日、駅での麻里姉ぇとのやり取り……その動画だった。

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