第633話 綾奈はもう『彼女』ではない

「……ということがあったんだよ」

 いつもの時間の電車にギリギリ間に合い、風見高校の音楽室で、俺は一哉や他の男子部員にここに来る前にあった出来事を説明していた。

 泣いちゃった綾奈には悪いが、俺は心がほっこりしたので、その様子を思い出して自然と笑みがこぼれた。

「前から思っていたけど、綾奈さんってたまにポンコツだよな」

「似たようなことを千佳さんも言ってたわ」

 一哉はオブラートに包んでいたけど、千佳さんは親友ゆえか、どストレートだったな。

「綾奈さんは小学生からプライベートではたまにポンコツだったんだろうか?」

「いや、千佳さんの口ぶりだと、そうでもなかったみたいだぞ」

「つまり真人と付き合いだしてからポンコツ化したってことか」

「言い方! 愛嬌があっていいじゃないか」

 小さい頃から誰にでも分け隔てなく明るく接してきた綾奈はもちろんめちゃくちゃ可愛かったけど、たまに見せるポンコツ具合はさらに愛しさを増幅させる。マジで可愛いんだよ。

「愛嬌があるのは昔からだけどな」

「それな」

「いいなー中筋の彼女」

 ちょっとぽっちゃりした先輩の一人が言った。

「先輩って彼女は───」

「生まれてこの方いたことないな……」

「あ……」

 余計なことを言ってしまったかも……。

「でも中筋の周りって、美少女が多いよな」

「それわかります!」

 もう一人の先輩が言い、そして俺たちと同学年の男子が共感した。

 いやまぁ、俺もそう思ってるけどさ……。

「だよな! 卒業した清水先輩はもちろん、山根の彼女の東雲さんも美少女だし、あのショートカットの、えっと……北内さんだっけ? あの子も可愛いし、極めつけは杏子ちゃんだろ!?」

「マジで美少女しかいないじゃないか! うらやましいヤツめ」

「えぇ……」

 そんなん言われてもなぁ……言ってしまえば結果論だし、俺も狙って美少女ばかりと知り合いになったわけでもないし。

 そういや高崎の知り合い……江口さんと楠さんと金子さんも美少女だよな。

 そして妹分の茉子も言わずもがな可愛い。

「なぁ中筋、誰か紹介してくれよ」

「えっと……すみません出来ません!」

 俺はぽっちゃりな先輩の頼みを断った。

「くそ! 美少女を独り占めしやがって!」

「してませんって! 人聞きの悪いことを言わないでください! 独り占めしてるのは一人だけです!」

 いやだってさぁ、先輩……というか他の人にもだけど、紹介するのは難しいんだよ。

 杏子姉ぇは卒業したら多分東京に戻ると思うし、高崎の知り合い三人……江口さんと楠さんと金子さんとはまだそんなに仲良くなってない。

 雛先輩、香織さん、茉子の三人には俺から男を紹介なんて絶対に無理! 三人の俺に対する気持ちを知っているから、知っていて紹介するようなマネは、三人の気持ちを踏みにじる結果になってしまう。だから無理!

 美奈? 大切な妹はやらん!

「西蓮寺さんだっけ? 高崎の文化祭の翌日、お前が部活終わるの待ってたのを見たけど、確かにめちゃくちゃ可愛かったよなーお前の彼女」

 ああ、そういえばあの時一緒にいて、『四散爆発すればいいのに』とか言ってたな。

「今はもう彼女じゃないけどな、真人」

「え? ああ、そうだな」

 綾奈は彼女以上の存在だ。

「なに! お前、別れたのか!?」

「「え?」」

 なんでそんな発想になるんだ?

「別れたのなら、俺たちにもチャンスがあるよな!?」

 あれ? 俺さっき、『独り占めしてるのは一人だけ』って言ったよな? 言わなかったっけ?

「だな! なんだよお前、『独り占めしてるのは一人だけ』って、ちゃっかり新しい彼女をゲットしてたのかよ!」

「は?」

 やっぱり言ってたよな!?

 アレか! さっきの一哉の一言で俺と綾奈は別れたって答えに行き着いたのか!

 あー確かに、言われればそう解釈してしまうかも。俺も一哉も言葉が足りなかったな。

「新学期が始まったら早速高崎に行───」

「別れてませんから! ほら!」

 俺は先輩の言葉を途中で遮り、三人に左手と指輪を見せた。

「さっきの一哉の言葉の意味は逆で、俺と綾奈は婚約してるんですよ。だから綾奈は彼女じゃなくて、俺の婚約者……お嫁さんなんです!」

「なんだよつまんねーな」

「そういうことなら早く言えよ!」

「期待して損した」

 三人は勝手に白けてしまった。なんだよ期待って。

 話が一段落(?)したタイミングで顧問の坂井先生が入ってきた。

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