第631話 エイプリルフールのポンコツ綾奈さん

 走って待ち合わせ場所の近くまで来たけど、遠目に綾奈と千佳さんが見える。やはりこっちが遅くなったか。

「おはよう綾奈、千佳さん」

「おはよう真人。あんた走ってきたん?」

「お、おはよう。真人……」

 ん? なんか綾奈の様子がいつもと違う気が……。

「おはよう。ちょっと美奈と話してたら家出るのが遅くなってね。それで走って来たんだよ」

「なるほどね。相変わらず仲良いね」

「まあね」

「……」

 やっぱり綾奈の様子がおかしい。いつもなら俺がここに来ると、まっさきに俺と手を繋ぎに来るか抱きついて来るのに、今日は来ない。

 それどころか、なんか知らないけど俺を睨んでる。

 なんでだろう? 昨日の雛先輩の件は謝りあって解決したはず。それ以外で綾奈に睨まれるようなことはしてな───

 いや、これは睨んでるというよりも、なにかを決意したっていうか、強い意志みたいなものを感じる。

 綾奈はここで何かをするつもりだ。それも、強い決意をしないといけない何かを……!

 そんな綾奈は、表情を崩さずにゆっくりと俺に近づいてきた。

 そして俺は、そんなお嫁さんを見ながら、ごくりと唾を呑み込んだ。

 綾奈は俺のすぐ近く、真正面に立つと、俺の顔を見上げた。

「ま、真人。あのね……」

「う、うん」

 ドキドキ。

「わ、私ね」

「うん……」

 ドッ、ドッ、ドッ……!

「ま、真人のこと……」

「……(ごくり)」

 バクバクバク……!

「~~~~~!」

 何かを言おうとしていた綾奈。だけどなかなか次の言葉を言わない。

「………………ふ」

「ふ?」

 え? 綾奈の表情がみるみる泣きそうに……。


「ふえぇ~……やっぱりむりぃ……だいしゅきぃ……!」


 綾奈はベソをかきながら俺に抱きついて背中に手を回した。

 ……え? なにこれ? どういう状況?

「はぁ……だから言わんこっちゃない」

 俺が綾奈の頭を撫でながら千佳さんに戸惑いの表情を向けると、千佳さんは嘆息混じりにそう言った。

「千佳さん。綾奈、どうしたの?」

「あーうん。ほら、今日ってあれじゃん。エイプリルフールじゃん?」

「うん」

 そっか。今日ってエイプリルフールか。

 嘘を言うことがほとんどないから頭になかったな。

「で、綾奈が「今日は嘘ついていい日だから好きの反対を言う」って言って」

「う、うん」

 なんかオチが読めてきたなぁ。

「どうせ言えやしないと思っていたあたしは「やめときな」って言ったんだけどねぇ……案の定このとおりだよ」

「な、なるほど」

「ふえぇ~……」

 つまり、さっき怒ってるふうに見えたのは、俺に『嫌い』って言うために気合いを入れていた……的な感じだったのか。

 綾奈に嘘でも『嫌い』と言われたらショックだけど、今日はエイプリルフールってわかってさえいれば嘘だって見抜くことは容易だし、俺のことを好きって言ってくれていると脳が変換してくれると思うから、きっと嬉しくなる。

 それにしても、千佳さんの説明を聞いて、脳内でその様子の綾奈をシミュレートしてみたけど……やっば! 可愛いしかないな!

「それにしても、よく綾奈は言えないってわかったね」

「あたしも伊達に綾奈の親友をやってないよ。真人が来る前から嫌いのきの字も言えなかった綾奈が、真人を目の前にして嘘でも言えるわけないじゃん」

「あー確かに。というか綾奈が『嫌い』って言ったのを聞いたことがない」

 高校に入って再会するよりも前……小学生の時の記憶を朧気おぼろげながらも思い返してみても、綾奈が人に対して『嫌い』と言ったのを聞いたことがない。

「あたしだって聞いたことがないね。だからどう頑張っても、綾奈が『嫌い』って言うのは無理なんだよ」

「あはは……」

「うぅ……ふえっ……ましゃと、大好き」

 いまだに俺に抱きついている綾奈は、ちょっと泣きやんできたみたいだ。

 しかしあれだな。この短時間に綾奈は二回も愛を告げてくれたのに、俺だけ貰いっぱなしってものダメだよな。

 俺が言えば、きっと綾奈はすぐに泣きやんで、「えへへ♡」と言ってふにゃっとした笑みを見せてくれるに違いない。

 通行人も増えてきたし、早くしないと電車に乗り遅れるかもしれないから、ここは早く言った方がいいな。

「綾奈」

「……なぁに?」

 俺が撫でるのをやめて名前を呼んだら、綾奈は俺の顔を見上げた。瞳にはうっすらと涙が残っている。

 そんな表情のお嫁さんを見てるとドキドキしてしまう。

 本当……どんな表情をしても綾奈は可愛いな。

「大好きだよ」

 いつも心を込めて伝えている気持ち……今は愛しい気持ちが強く出ているので、いつもより少し気持ちが乗り、優しい声音で言った。

 これなら綾奈は笑ってくれる───


「ふえぇ~……嫌いになっちゃやだぁ……!」


 と思ったんだけど、綾奈はまた俺の胸に顔を埋めて泣き出してしまった。

 エイプリルフール……まさかこれも嘘と思ってるのか!?

「あ、綾奈! 本当だから! 嘘じゃなくて本当に大好きだから!」

「ふえぇ~……」

「……偏差値の高い高崎高校で学年一位を取ったことある綾奈なのに、なんで真人が絡むとたまにアホになるんだろう? あたしの親友」

 ……ごめん綾奈。俺もちょっとだけ千佳さんと同じ気持ちになってしまった。

 でも、そんなポンコツな綾奈もまた愛おしいからもっと見ていたいって思うんだけどね。

「てか電車! もうあまり時間ないよ!」

「マジで!?」

「ちょっと長く話し込みすぎたね! 走るよ二人とも!」

 そう言って千佳さんは駆け出した。速い!

「ほら綾奈、俺たちも───」

「……うん。ふえっ、だいしゅき」

「俺も……大好きだからね」

「……うん!」

 俺の言葉を信じてくれたのか、泣きやんだ綾奈は満面の笑みを見せてくれた。

 エイプリルフールだから、逆を言った方が綾奈も信じると思って、一瞬『嫌い』と言おうとしたんだけど、きの字も言えなかった。

 やっぱり嘘でも本気で愛してる人には絶対に言えないセリフだな。

 これからも毎年エイプリルフールが来ても、変わらずに本心だけを伝えていこうとひそかに思いながら、俺は綾奈の手を引いて千佳さんの後を追った。

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