第630話 真人の肉体的変化

 四月一日の土曜日。

 綾奈との早朝ランニングと朝食を終えた俺は、部屋に戻ってクローゼットから制服を出していた。

 四月に入り、俺か一哉のような臨時の合唱部員も部活に参加するためだ。

 十日とおかの月曜日にある入学式で校歌を歌うために練習をするためなんだけど、ぶっちゃけ翌週からでもいいのでは? とも思わないでもない。

 去年の文化祭が終わって以降、臨時部員は練習には参加していなかったから、今日から部活があると知っていたとしてもやっぱり少々面倒だったりする。

「いや、この考えが既に昔と一緒か……」

 中学三年の二学期の途中まで、俺は本当に怠惰な生活を送っていて、めんどくさがり屋だった。

 どうにかして綾奈とお近づきになりたくてダイエットをして、性格も変わった気でいたけど、根本はまだこのめんどくさいと思う気持ちは残っていたみたいだ。

「いかんいかん……シャキっとしないと!」

 一回めんどくさいって思ってしまうと、何に対してもそう思ってしまう。だからそう考えないためにも、部活に真剣に打ち込まないと!

「よし!」

 俺は気合いを入れ直すために、両手で頬をベチンと叩いてから、制服に着替えるために上着を脱いだ。

「あ、お兄ちゃん」

 着ていたTシャツをベッドに置いたのとほぼ同時に、美奈がノックもせずに入ってきた。

「……いつも言ってるけどノックしろよ」

「えーいいじゃん……って、学校行くの?」

「ああ、部活があるからな。それよりどうした?」

 こんな朝早くから俺の部屋に来るなんて珍しい。綾奈もいないのに。

「ちょっとラノベを借りたいな~と思って……あれ?」

 本棚の辺りを見ながら言った美奈。だけど俺を見て首を傾げた。

 俺の顔というよりは、その下を見ているな。

「どうした?」

「いや、お兄ちゃん……なんか前より筋肉ついたなと思って」

「お、マジで?」

 自分でもその自覚はあったんだけど、こうして人から言われたら本当に筋肉量が上がったと実感出来るな。

「うん。前見たのが確か……お兄ちゃんが熱を出した時だったと思うんだけど、その時よりもくっきりと腹筋割れてるし、胸や腕にもより筋肉がついた気がする」

「まあ、三ヶ月くらいほぼ毎日走ってるし、筋トレも少しだけどずっとしてるからな」

 それだけ続けてたら成果も目で見えるくらい出てくるよな。

 美奈は「ふ~ん」と言いながら俺に近づき、俺のお腹をペチペチと触りだした。

「わ、かたい……」

 美奈の手がお腹に当たる度にひんやりして背中がブルってなる。

 というかラノベを取りに来たんじゃないのか? そんなにずっと触られると俺も着替えられない。

「美奈」

 ペチペチ。

「なにお兄ちゃん」

 ペチペチ。

「早く準備しないと部活に遅れるし、綾奈と千佳さんを待たせてしまうから……」

「あ、それもそっか。ごめん」

「いやまぁ、いいけどな」

 まだそこまで慌てる時間じゃないし。

 美奈は俺のお腹をペチペチするのをやめて、今度こそ本棚へ移動し、そこからラノベを二冊手に取った。

「じゃあお兄ちゃん、これ借りてくね」

「おう」

「部活頑張ってね」

「ああ、ありがとう」

 美奈はそれだけ言うと、俺の部屋の扉をパタンと閉めて自分の部屋へと戻っていった。

 スマホで時間を確認すると、いつも家を出る時間になっていたので、急いで着替えて家を出た。

「ちょっと走るか」

 歩いても間に合う時間だけど、綾奈と千佳さんを待たせないために、俺は走って待ち合わせ場所のT地路へと向かった。

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