第627話 綾奈の変化

 食べ始めてしばらく経ったけど、マジで箸が止まらない。

 上質な肉を使っているだけあって、美味さが段違いだ。

 焼いてる時の脂が網の下に滴り落ちるのを見るだけで、早く食べたいと思わせられる。

 何も付けずに食べてももちろん美味しいけど、このチェーン店の秘伝のタレをつけると肉のうまみがさらに上がって、次から次へと口に運んでしまう。

 肉をキャベツに包んで食べるもよし、タレを付けて白米と一緒に食べるもよし……何通りもの食べ方が出来る。

 焼肉とは、かくも素晴らしい食べ物だというのを再確認させられた。

「おいしいね真人」

「うん。本当に美味い」

 隣にいる綾奈もパクパク食べている。お嫁さんが笑顔で食べているシーンは一生見ていられるな。

 そんな綾奈を見ていて、俺はひとつ思うところがあった。

「綾奈」

「なぁに真人?」

「なんかいつもより食べている気がするけど、お腹は大丈夫?」

 さっき美奈が言ったように、綾奈は少食だ。合唱部の合同練習で見た弁当箱も小さかったし。

 杏子姉ぇの歓迎会ではケーキをたくさん食べていたけど、甘い物は別腹と考えるとして、明らかにこれまでの綾奈の一食分の量を超えている。ご飯も『少』じゃなく『並』にしてるし。

「確かに……綾奈お義姉ちゃん、そんなに食べて大丈夫なの?」

「あら、確かにそうね。いいお肉だとしても食べ過ぎは身体に毒よ」

「綾奈さん。休みながらでもいいんだよ」

 俺だけでなく、うちの家族もいつも以上の綾奈の食欲に驚いているみたいだ。

「えっと、確かにお腹は膨れてきてるんですけど、まだもう少しだけなら食べれます」

「無理は……してないみたいだけど」

 綾奈は笑顔だし、嘘も遠慮もないっぽいな。

「多分なんですけど、毎日真人と一緒に走って、筋トレも少ししてるからなのか、いつもより多く食べれるようになったんです」

「そうなの?」

 ランニングや筋トレを始めてから、綾奈と一緒に食事をする機会は何回かあったけど、食べる量自体ほとんど変化はなかった。

 だとすれば最近……?

「おお! だとすると身体に筋肉がついて、より多くのカロリーを消費するようになり、自然と身体がもっと栄養を欲しているんじゃないのかな?」

「多分、そうだと思います」

「健康な身体を作るには、いっぱい栄養をとらないといけないから、それは本当にいい変化だと思うわ」

「はい!」

 叔父さんと叔母さんの言うように、これはいい変化だ。以前から綾奈の食事を見ていて、『それだけで足りるのか?』と常日頃から思ってたから、お嫁さんがより健康的な身体になったと考えれば、諸手を挙げて喜べる。

「そういうことなら、アヤちゃんどんどん食べてね!」

「え、杏子さん!?」

 杏子姉ぇがまた綾奈の皿に肉を入れはじめた。けっこうお腹いっぱいってさっき綾奈が言ってたのに。

「真人、食べる?」

「綾奈がいいならいただこうかな」

「うん!」

 綾奈は自分の箸で肉を掴み、それを俺の皿に───

「……え?」

 ───移すのではなく、なんと俺の目の前に肉を持ってきた。

「あ! ご、ごめんね! つい……!」

「う、ううん! 大丈夫!」

 綾奈は顔を赤くしながら肉を俺の皿に置いた。

 まさかみんなのいる前でナチュラルに『あ~ん』をしようとするなんて。さっきイチャイチャ出来なかったから、無意識にその反動が出たのかな?

 ……俺もちょっとだけイチャイチャしたくなってきたけど、ここは我慢だ!

「あれ? しないの? 私たちは全然気にしない……というか見たかったのに」

「やらないって!」

「し、しないよ!」

 今度二人きりの時にやってもらおう。

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