第626話 高級焼肉チェーン店

 俺と綾奈が俺の家に着くと、既に杏子姉ぇたちは到着していた。

 そして車二台で向かった先は───

「さあみんな、どんどん食えよ! 今日は全部俺たちが持つからな!」

 ボックス席の真ん中に置かれてある網……そしてテーブルにずらりと並んであるお肉と野菜……そう、焼肉店だ!

 しかもそんじょそこらの焼肉店じゃない。CMもバンバン打っている高級焼肉チェーン店だ。

 杏子姉ぇのお父さん、健一叔父さんが言ったように、ここの代金は健一さんたちが払ってくれるらしい。両家の割り勘だとしても、俺が出すわけではないが、こんな高そうな店の支払いを健一さんたちだけに任せてもいいのかな?

「悪いな兄さん」

「なあに、いいってことよ!」

 本当に余裕ありそうだもんな。ここは俺もお言葉に甘えよう。

 美奈のやつは肉をどんどん網に乗せてるし。

「あの、本当に私も良かったんですか?」

 そんな中、遠慮気味に言ったのは綾奈だ。

 健一叔父さんと奏恵叔母さんに会ったのはこれで二回目。行き先をうちで聞かされてすごい驚いてたからな。まさか高級店とは思ってなかったから戸惑うのも無理はない。

「もちろんだ綾奈ちゃん。遠慮せずじゃんじゃん食べてくれよ」

「そうよ綾奈ちゃん。私たちもあなたを家族と思ってるのだから、遠慮は無用よ」

「健一さん、奏恵さん……」

 おそらく二人には、『綾奈と親睦を深めたい』という目的も入ってるんだろうな。

 来年、杏子姉ぇが高校を卒業して、芸能活動を再開して、お二人もまた東京に行くのかもしれないけど、でもまだ一年先だ。

 特に奏恵叔母さんはこの一年で綾奈ととことん仲良くしようと思ってるはずだ。

「あ、いい感じに焼けてきた。はいアヤちゃん!」

 杏子姉ぇがちょうど食べ頃の肉を一枚箸で掴むと、自分の皿にではなく、綾奈の皿に置いた。

「え、杏子さん!?」

「アヤちゃん、遠慮してあまり食べなさそうだから、どんどんアヤちゃんにあげるね」

 杏子姉ぇ、またそんな勝手に……。

 まぁでも、杏子姉ぇの言うことにも一理ある。

 綾奈じゃなくとも、こういう場では誰しも緊張して遠慮がちになる。

 杏子姉ぇは綾奈の緊張を少しでもほぐそうと動いているんだ。だけど……。

「杏子姉ぇ、それはいいけどあんまり綾奈のお皿に肉を乗せるなよ? 綾奈は───」

「杏子お姉ちゃん、綾奈お義姉ちゃんは少食なんだからね」

 俺が言おうとしていたことを美奈に横取りされてしまった。

「……おい美奈。俺のセリフを取るなよ」

「いいじゃんたまには。一度言ってみたかったんだし」

 他の人からしたら、なんてことないセリフだけど、それだけ美奈も綾奈が大好きだもんな。

 仕方がない。今回は譲ろう。

「そうなんだ。じゃあアヤちゃんが「ストップ」って言ったらやめるね」

「綾奈のペースで食べさせてあげなよ」

 まったくこの姉は……。

「……ふふ、あはは!」

 俺が杏子姉ぇのマイペースっぷりに若干呆れていると、隣の綾奈から笑い声が聞こえた。

 綾奈を見たら、口を押さえてくすくすと笑っていた。可愛い。

「ありがとうござ……ううん、ありがとう杏子さん」

 あれ? 綾奈……杏子姉ぇに普通に「ありがとう」って……。

 これまでずっと敬語だったのに。

「お! ようやく敬語を取ってくれたねアヤちゃん! 今後もそれでヨロシク!」

「うん、杏子さん!」

 どうやら杏子姉ぇとまた少し打ち解けることが出来たみたいだ。

 そんな二人を見て、俺は自然と笑みがこぼれ、美奈も笑顔になっていた。

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