第624話 綾奈も謝り、そして仲直り

「真人……私こそごめんなさい!」

「……は?」

 予想などしていなかった綾奈の突然の謝罪に、俺は首だけ上げて綾奈を見たら、綾奈は正座したまま頭を下げていた。

「え? なんで綾奈が謝るんだよ? 悪いのは、全部俺なのに……」

 あの場で綾奈が謝らなければならない状況など一つもなかった。それは誰が見ても明らかだ。

 だから、なぜ綾奈が謝ってきたのかがわからず、俺は混乱を深めてしまった。

「確かに私は、雛さんが真人を抱きしめている光景を思い出して嫌な気持ちになっちゃったけど、あの場で雛さんを引き離すなんてこと、誰にも出来ないよ」

「だとしても、綾奈は俺を責める権利があるよ。婚約者が他の女の人に自分の胸を貸している場面を見て、嫌な気持ちにならない人なんていないよ」

 俺も綾奈の立場なら、絶対に不機嫌になってしまう。

「雛さん、泣いちゃうまでは明るく振舞ってたけど、きっと心の中では不安だったんだよ。真人に優しい言葉をかけられて、色んな意味で耐えきれなくなって、それで真人を抱きしめたんだと思うんだ。確かに雛さんは真人が好きだけど、それでも私たちを応援してくれるって言ってくれた。抱きしめる前に私に『ごめんなさい』って言ってたし、きっと真人に元気を貰うために、不安を消し去ってほしくて抱きしめたんだと思うんだ」

 雛先輩は前に、『俺が好きだけど、俺と綾奈のラブラブな姿を見るのがもっと好き』とも言ってくれたことがある。

 そんな人が自身の旅立ち間際に俺たちの仲を壊そうだなんて考えるわけがないけど、綾奈はこの短時間でそれを割り切ると……俺を許すっていうのか?

「だから、これ以上は言わないし気にしないようにする。怒っちゃってごめんね」

「い、いや! 綾奈は怒って当然だから! その……ありがとう。綾奈」

「うん。真人……」

 綾奈は膝歩きで俺に近づき、そのまま俺の胸にゆっくりと飛び込んできて、俺の背中に両腕をまわした。

「綾奈」

 そして俺も綾奈を抱きしめる。

「……もう、真人のここ、他の女の人に貸しちゃ嫌だからね?」

「わかってる」

「ここは、私だけの特等席なんだから」

「ああ……もちろんだよ」

 さすがにもう綾奈以外の女性が俺に抱きついてくるなんてことはないだろう。もしあったとしても、それは美奈や杏子姉ぇ、それからないとは思うけど麻里姉ぇや明奈さん……俺と綾奈の家族くらいだ。

 明奈さんには一度、今年の初詣で抱きつかれたことがあったから、またあるかもしれないからな。

 家族なら、綾奈も許してくれるはずだ。

「……雛さんの匂いがする」

「ご、ごめんて綾奈」

 ちょっと前まで、雛先輩に抱きしめられてたから、そりゃ匂いは残ってるよな。

 それを言われると何も言い返せないから、もう謝り倒すしかない。

 あ、綾奈が抱きしめる力を強めた。

「ねえ、真人……」

「ん?」

「ちゅう、したい」

「ああ、もちろんいいよ」

 春休みに入って、連日一緒にいるけど、実はあまりキスしてないんだよな。

 早朝ランニングの終わりにちょっとと、デートの別れ際にちょっとくらいだ。

 正直それだけではちょっと足りないって思っていたのも事実なので、この綾奈のお願いはありがたい。

 俺は手のひらで綾奈の頬に優しく触れると、綾奈から「あっ」という声が聞こえて、心臓が跳ねた。

 綾奈は驚いたのは一瞬で、すぐにとろんとした笑みを見せてくれたかと思ったら、ゆっくりと目を閉じた。

 綾奈が目を閉じたタイミングで、俺は綾奈にキスをするために顔を近づけ、キスまで残り五センチのところで、俺のスマホの着信音が鳴った。

「「!」」

 これには俺も綾奈も驚いて目を開け開けてしまった。

「……むぅ」

 ああ……綾奈がまた頬を膨らませて不機嫌に……。

 というか、こんなこと前にもあったな。

 前回、このタイミングで電話をかけてきたのは拓斗さんだったけど、今回も拓斗さんかな?

「ご、ごめんね綾奈」

「……うん」

 俺は綾奈に謝り、スマホをポケットから取り出して、電話をかけてきた人物を確認すると、杏子姉ぇからだった。

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