第620話 家族と、親友と……

「健ちゃん。千佳ちゃんと仲良くしなきゃダメよ~」

「わ、わかってるよ姉さん」

「本当かしら~? 一度頬を腫らして帰ってきたから、ケンカしてるのか不安だわ~」

 ああ、あのバレンタイン前日の一件のことを話してるのか。

 あれ以降、二人はもっと仲良くなってるから、ケンカもしてないだろう。俺と綾奈も仲の良さでは負けていられないな。

「ひ、雛さん……!」

「うふふ~、冗談よ~。千佳ちゃんはもちろんだけど、真人君と山根君との友情も大事にしてね」

 突然名前を呼ばれてドキッとしてしまう俺。

 う~ん……今の雛先輩を見るに、いつものほんわかした雰囲気だから、俺だけに何かしてくる気配はなさそうなんだけど……やっぱり考えすぎか?

「わかってるよ姉さん。二人の親友も大切にするさ」

「それを聞けたら心配はいらないわね~。千佳ちゃん、健ちゃんをお願いね~」

 雛先輩は千佳さんとがっちり握手を交わした。

「はい! 任せてください雛さん!」

 雛先輩は満面の笑みを千佳さんに見せ、ゆっくりと千佳さんの手を離した。

 そして千佳さんの隣にいた香織さん、そして茉子の正面に立った。


「香織ちゃん、マコちゃん」

「「雛さん……」」

「二人と友達になれてよかったわ」

 雛先輩、いつものほんわかした雰囲気じゃない。時折見せるしっかりしたお姉さんみたいな優しい笑顔で二人を見ている。

「ひ、ひなさ~ん……!」

 あ、茉子がまた雛先輩に抱きついた。そして雛先輩は茉子を優しく抱きしめた。

「マコちゃん。またすぐ会えるわ。だから泣かないで」

「ひぐっ……ぐす……はいぃ……」

「香織ちゃんも、元気でね」

「はい。雛さんも、体調には気をつけて、くださいね……」

 香織さん、声が震えている。必死に涙を堪えようとしているんだ。

 雛先輩は片腕を伸ばし、香織さんの肩に手を置き、香織さんはまるで雛先輩に引き寄せられるかのように近づいて、三人で熱い抱擁を交わした。

 これにはみんなじーんとしているようで、誰も何も言わずに三人を見ている。あの杏子姉ぇも黙っている。

 数秒、三人で抱きしめあい、ゆっくりと抱擁を解いて、にっこりと微笑み合う三人。この三人の絆はマジで厚いな。そして本当に綺麗だなって思う。


 そして雛先輩は二人からゆっくりと離れ、綾奈の前に立ち、綾奈と握手を交わす。

 風見高校一の美少女と、高崎高校トップクラスの美少女が見つめ合う。

「綾奈ちゃん。いろいろとありがとうね~。楽しかったわ~」

「私も楽しかったです。それにお礼を言うのはこちらです雛さん。風見の文化祭では衣装までいただいて……」

 あの制服な。文化祭から見てないけど、綾奈はどこにしまってるんだろうな?

 俺はあの執事服は、クローゼットの奥に丁寧にしまってある。

 あの制服姿……また見たいなぁ。

「いいものを見せてもらったお礼だから気にしないで~。私が言うまでもないと思うけど、真人君と仲良くね~」

「はい!」

 綾奈さん、めっちゃいい返事です。そう力強く頷かれると、俺も嬉しくなるな。

 雛先輩に心配かけないように、これからもずっと仲良くしていくよ。

「真人君、人気者だから油断して手を離しちゃダメよ~」

「もちろん離す気なんかないですし、他の女の子を見る隙なんて与えません!」

「え?」

 人気者……俺が?

 いやいや、俺なんかが人気者なわけないじゃん。ただの陰キャオタクで人見知りで、大してかっこよくもないのに。

 先日も金子さんの俺への評価が上がったのは綾奈のおかげだと思ってるし、健太郎や翔太さんや拓斗さん……ガチなイケメンが知り合いに多いから俺なんてその三人と一緒にいたら霞んでしまう。

 雛先輩も俺を美化しすぎだって。

「本人は自覚がないみたいだけどね~」

「それも真人のいいところです」

「え? ……え?」

 みんなを見たら、呆れてるのもいれば苦笑いをしてるのもいるし、綾奈はにっこにこだ。可愛い。

「うふふ、頑張ってね綾奈ちゃん」

「はい。雛さんもお元気で!」

 二人は握手を解き、そしていよいよ雛先輩は俺の前に立った。

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