第617話 真人は強い人

「名前を聞いて、去年の文化祭の大告白祭の時に思いの丈をぶつけたのも、そのぶつけた相手が綾奈ちゃんだったのも理解したわ」

 舞依ちゃん、あの真人のスピーチを覚えてたんだ。

 あのスピーチ自体、記憶に残るものだったと思うけど、名前も覚えていたんだ。

「だけど……」

「……だけど?」

「本当にあの大勢の人の前で堂々と喋った人と同一人物なのかなって思っちゃうのよね」

「それは、どういう……?」

 名前も声も、あの大告白祭の彼と一緒なのに。

「なんか頼りないっていうか、会ってからトイレに行くまで、ずっと綾奈ちゃん任せだったし、引っ張ってくれてる綾奈ちゃんに謝ったりお礼を言うだけで、ほとんど綾奈ちゃんが喋ってたじゃない」

「う、うん……」

 でも、それは───

「もしかしたら、綾奈ちゃんはダメ男に引っかかってるんじゃって思うと心配で───」

「そんなことない!!」

 私は全力で否定した。

 確かに、真人は舞依ちゃんと会う前から緊張していて、ここまで口数が少なかった。でも、だからと言って舞依ちゃんの『ダメ男』という言葉だけは見過ごすことは絶対に出来ない! してはいけない!

 大声を出してしまったことで、店員さんや他のお客さんがこちらを見ていたので、私は立ち上がって皆さんに頭を下げてから、また椅子に座った。

 そして、舞依ちゃんの目を真っ直ぐに見てこう言った。


「舞依ちゃん。真人はとっても強い人だよ」


「……強い?」

 舞依ちゃんは少しだけ首を傾げて本当に理解に苦しむ表情をしている。

「うん、強い。もちろんケンカじゃなくて、心が強い人なんだよ」

 舞依ちゃんはこの短時間で真人を見てきて、『頼りない』って評価を出した。

 でも私はその逆で、電車に乗って舞依ちゃんと会うのを緊張していた真人を見ても、私は『強い人』だと思っていた。

「どこが? ここまで綾奈ちゃんに頼りっきりの中筋君のどこに、強い要素があったの?」

「舞依ちゃんは、家族以外で自分の弱さを見せられる人ってどれくらいいる?」

「……え?」

 弱さ……自分の弱点を見せること。それこそが、私が真人に抱いた『強い人』だと思った理由。

「自分の弱さを人に見せるのって、すごい勇気がいることだよ。真人だって緊張や人見知りを隠して舞依ちゃんと喋ろうと思えば、大告白祭の時のように堂々と喋れるはずだけど、それで焦ってボロが出て舞依ちゃんを困らせてしまうより、真人は私を頼ることを選んでくれた。そんな人を、私は頼りないなんて思わないよ」

 私は、真人じゃなくても、悩んだ末に自分の弱さを自ら見せる相手を文字通り『弱い』とか『頼りない』とは思わない。

「私と真人は婚約してるけど、でもまだ本当に家族になったわけじゃない。そんな相手に自分の弱点を晒して、その上で開き直るわけでもなく頼る行為は、逆に考えたら『強さ』になると私は考えてる。私は、私を頼ってくれる真人が愛おしいし、たまらなく嬉しい」

「綾奈ちゃん……」

「私たちは支え合って生きていくって決めてるから、真人の弱い部分は私がいくらでもフォローするよ。旦那様を支えるのは、妻である私の役目だから」

 これくらいなら私は全力で、喜んで旦那様を支えるよ。

「弱さを見せるのは強い、か」

 舞依ちゃんはつぶやくように言って、カップを持ちブラックコーヒーを一口飲んだ。

 そして、ゆっくりとカップを置いて、舞依ちゃんは目を閉じた。

「そんなこと、考えたこともなかったな」

 またつぶやくように言った舞依ちゃんだけど、その口は少しだけど弧を描いていた。

「ごめんね綾奈ちゃん」

「ううん。もう気にしてないから大丈夫だよ」

 それからはまた、真人が戻ってくるまで楽しくおしゃべりをしながら、ココアを堪能した。


「ごめんおまたせ」

「あ、おかえりなさい真人」

「おかえり。中筋君」

 俺がトイレから戻ると、美少女二人が「おかえり」と言ってくれた。

 あれ? なんか金子さんの態度がちょっと柔らかくなった? これまで挨拶の時くらいしか俺に笑顔を見せたことなかったのに……。

「二人で何話してたの?」

「内緒だよ」

「ね~」

「?」

 美少女二人は顔を合わせてにっこりと笑いあった。

 何があったかは知らないけど、金子さんの俺に対する態度の変化は、きっと綾奈のおかげなんだろうな。

 ありがとう、綾奈。

 それから話は盛り上がり、時間が経つにつれて、最初の緊張が嘘のように金子さんと会話をすることが出来た。

 そしてまた会う約束をして、夕方に金子さんに見送られながら、俺と綾奈は電車に乗って家路に着いた。

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