第616話 舞依の真人に対する評価

 店内に入ると、店員さんから「お好きなお席へどうぞ」と言われたので、俺たちは窓際の一番奥のボックス席へと移動した。

「綾奈、奥どうぞ」

「いいの?」

「もちろん」

「ありがとう真人」

 綾奈はにっこりと笑って奥の席に座ったのを見て、俺も綾奈の隣に座る。

 そして金子さんも、俺たちの対面に座った。

「……」

 お、落ち着かん……。

 金子さん、なんか俺をチラチラ見てくるんだよなぁ。俺は目を合わせないようにしているんだけど、どうも雰囲気的に俺を観察……もっと言うと値踏みしているような空気を出している。

 う~ん……こういう視線を向けられるのも久しぶりだ。

 初めて知り合う人というのも、ここ最近はなかったから、ちょっと油断していたけど……そうだよな。綾奈という誰が見ても美少女と答えるほどの女の子が『旦那様』と呼ぶ男……気にならない人の方が少数だろう。

 気を引き締めた方がいいかもしれない。

「真人はどれにする?」

「……へ?」

 内心で気合いを入れ直した俺だったけど、隣の綾奈から質問されて、つい間の抜けた声を出してしまった。ちょっと意識をうちに集中しすぎてしまった。

「飲み物、どれにする? いつもココアやカフェラテだけど……」

「あ、ああ……じゃあアイスのカフェラテにしようかな?」

 変に緊張してちょっと暑いから、冷たいものを飲んで冷まそう。

「アイスカフェラテ? 寒くない?」

「大丈夫。ありがとう綾奈」

「えへへ。舞依ちゃんはどうするの?」

「あたしはホットコーヒーにするわ」

 コーヒー?

「もしかしてブラック?」

「うん」

 俺の周りの同年代でブラックコーヒーを飲める人はほとんどいないから、金子さんがサラッと答えたのにはびっくりした。

「ブラック飲めるなんてすごいね」

「別に普通だと思うけど……綾奈ちゃんは何にするのかしら?」

「私はホットココアにする」

 全員の飲み物が決まって、近くにいたウエイトレスさんにオーダーをすると、ウエイトレスさんは「かしこまりました。少々お待ちください」と言って、カウンターにいる店主らしき男性の元へ歩いていった。

「ねね、よかったら二人のこと聞かせてほしいわ!」

 そんな金子さんの抽象的な要望に、俺たちは互いを好きになったきっかけから話をした。

 といっても、綾奈がほとんど喋ってくれたんだけど。

 俺はまだ緊張と、金子さんのチラチラと見てくる視線に慣れないでいたから、喋るタイミングを見計らって、見計らいすぎて逆にあまり喋れずにいた。

 お嫁さんに頼りきりになってしまうけど、俺とのことを話している綾奈は、なんだか輝いて見えるし頼りになる。

 俺が口を挟まないのは逆に良かったのかもしれない。

 十分ほどが経過し、綾奈と金子さんが楽しくおしゃべりをしているのを見ていると、急に尿意が襲ってきた。

 俺だけ冷たいものを飲んでるから仕方ないか。

「二人ともごめん。ちょっとトイレに行ってくるね」

「は~い。いってらっしゃい真人」

「わかったわ。いってらっしゃい」

 綾奈はにっこりと、金子さんは少々そっけなく、二人に見送られながら、俺は席を立ちトイレに向かった。


「それで、どこまで話したっけ? ああ、そうそう。その時に真人がね───」

「ねえ綾奈ちゃん」

 真人がトイレに行くのを見送って、舞依ちゃんと話の続きをしようと思ったんだけど、舞依ちゃんはなんだか申し訳ない表情をしながら私を呼んだ。

 どうしたのかな? ……もしかして、ちょっと話しすぎたかな!?

 ちぃちゃんにも「真人の話をする時は、ちょっとブレーキをかけた方がいい」って言われたことがあったのに、すっかり忘れていた。

「ど、どうしたの舞依ちゃん?」

 ち、ちょっと呆れられたりするのかな?

「中筋君なんだけど……」

「う、うん」


「なんか、綾奈ちゃんが言うほどすごい人じゃなくない?」


「……え?」

 舞依ちゃんの真人に対しての辛口な評価に、私は思いっきりブレーキを踏んでいたこともあって、聞き返すことしか出来なかった。

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