第606話 綾奈と修斗 2人きりの部屋で
「ここだよ横水君。どうぞ」
「し、失礼します」
ということで、真人に頼まれて横水君を真人の部屋に案内した。
初めて入る『真人おにーさん』の部屋を、横水君はキョロキョロと見渡している。
多分、自分の部屋とは全然違う部屋を見て、横水君はなんて思うかな?
「真人おにーさんの部屋、綺麗にしてますね。俺の部屋と全然違う……」
「真人は週に一回は部屋を掃除してるって言ってたよ」
「やっぱり綾奈先輩が来るからですか?」
「それもあるかもだけど、定期的にしないとすぐに汚れてそのままにしちゃうからって聞いたことがあるよ」
真人は元々真面目だし、多分お部屋の定期的な掃除も、前の……ぽっちゃりさんだった頃の生活に戻らないようにするためというのも入ってると思うな。
私もよくここに来るから、もちろんそれも理由に含まれてると思う。
……私のため。えへへ。
真人が私のために掃除してくれていると思って嬉しくなっていると、横水君は本棚のそばに移動していた。
「マンガとラノベの数がすごいですね」
「私もよく借りて読んでるんだよ。真人はすぐ来ると思うから、座って待ってようよ」
真人が来る前に横水君が本を読んでいたとしても、多分真人は怒ったりしないと思うけど、やっぱりそこはこの部屋の主が戻るまで待った方がいいよ。
私は真人のベッドにゆっくりと座ったんだけど、横水君は本棚の傍から動こうとはしなかった。
でも本を見るわけでもなく、なにか私に聞きたいことがあるような、そんな顔をしていた。
「どうしたの?」
「あの……今更なんですけど、綾奈先輩も真人おにーさんも、警戒しないんですか?」
「警戒?」
警戒って、一体何に?
「自分の部屋に綾奈先輩と二人きりにして、俺が綾奈先輩になにかするかもって思わないんですか?」
「思わないよ」
「え……?」
なんでいきなり自分を悪役にしようとしてるのかわからないけど、私は三学期の始業式後に横水君と再会してから、彼はそんなことをしない人だと認識を改めていた。だって───
「横水君は真人を尊敬してるんだよね?」
「は、はい。それはもちろん……」
「そんな人が真人の……尊敬してる人の怒りを買うようなマネはしないって思ってるから」
自分から『おにーさん』と言うほど真人を尊敬していて、真人のようになりたいと思っている横水君。そんな彼の態度は大きく変わったことを私は知ってるし、中学の先生にもそれは伝わっていた。
それから、これはさっき思ったもう一つの理由……。
「それに横水君は初詣の時、あの雑木林で私と二人っきりになった時に何もしてこなかったよね?」
「それは……」
「駿輔君が離れて、美奈ちゃんとマコちゃんが来る短い時間に、私を力で無理やりねじ伏せることだって出来たはずなのに、横水君はそれをしなかった」
「あれは……女の人に手荒なマネはしたくなかったし、せっかくの着物も汚れてしまうし……自意識過剰にもほどがあるんですけど、あの時はおにーさんの妹や吉岡が言ったように、告白は絶対成功するって信じて疑わなくて、そういうことはこれからいくらでも出来るって、思っていたんです」
あの時は真人たちを侮辱されて、カッとなってたからそこまで考える余裕もなかったけど、やっぱり横水君は……。
「女の人に対して自然にそう思えるってことは、横水君は優しい人だって、今なら思うよ」
「俺が、優しい……ですか?」
「うん。自分の欲望を満たすために女の人に手をあげる人はいると思う。でも理由はどうあれ横水君はそれをしなかった。口調はまぁ、お世辞にもいいとは言えなかったけど、マコちゃんが土下座するって言った時もそれを拒否してたし、言葉や行動の端々で、横水君は優しい心を持ってる人だって、後々になって思ってたよ」
「そんなこと、初めて言われました……」
初めて言われたんだ。なんか意外だなぁ。
今の、心を入れ替えた横水君なら、人にそう言われてもおかしくないって思ってたけど。
「ならこれから、いっぱい言われるかもね」
「もしそうなら……嬉しいですね」
横水君ははにかみながら後ろを向いた。
「初めて言われた相手が……認めれくれた相手が綾奈先輩で、俺は……」
「?」
なんかボソボソと言ってるけど、聞き取れないや。
あ、階段から足音が聞こえてきた。どうやら真人が上がってきているみたい。
真人は人数分の飲み物を持ってるはずだから、きっとドアも開けにくいよね?
ならそんな旦那様をサポートするのが妻である私の役目!
そう思ってベッドから立ち上がったんだけど、それと同時に後ろを向いていた横水君が動いた。
「お、俺が開けます!」
そう言って横水君はドアまでの短い距離を走り優しくドアを開けた。
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