第602話 焦る麻里奈
「わわ、麻里奈先生!」
「び、びっくりした。先生、いつからそこに?」
「ついさっきね」
まぁ、麻里姉ぇは二人の後ろから近づいてきたから、声をかけられるまでは気づかないよな。
というか麻里姉ぇ、どことなく顔が
いつものような綺麗すぎる笑顔なんだけど、なんとなく余裕がないというか、緊張しているというか……。とにかくこんな麻里姉ぇは珍しいな。
私服ということは、今日はお店の手伝いはしてないんだな。
「麻里奈先生! さっき綾奈ちゃんが言ったことは本当なんですか!?」
「西蓮寺さんと、松木先生が姉妹というのは……」
江口さんと楠さんも、綾奈の話を信じていないわけではないけど、やっぱり話題に上がったお姉さん本人にも事実を確認したいよな。
ここで麻里姉ぇが肯定すれば、二人も完全に信じてくれる。
この話のゴールが目前になったのを悟った俺は、カップを持ち、中に入っているカフェオレを飲む。
「ええ。そうよね───」
……ん?
「あ……西蓮寺さん」
「ふえっ!?」
「ぶふっ!」
俺の予想は土壇場で外れ、ゴールが遠ざかってしまったことにより、俺は危うくカフェオレを吹き出しそうになってしまった。
えぇ……嘘だろ!? なんでこのタイミングで実の妹を苗字で呼んでるんだ!?
「ま、真人!? 大丈夫?」
「けほ、けほ……だ、大丈夫。ありがとう綾奈」
俺は綾奈に背中をさすられながら紙で口をふいた。
そして麻里姉ぇを見ると、かなり焦っているようだ。目の奥がくるくると回っている。
こんな麻里姉ぇ、見たことがない。
「え? どっちですか?」
「なんで苗字で?」
江口さんたちもさっきので少し疑いを持ってしまったようだ。
「ご、ごめんなさい二人とも。今まで合唱部の子たち以外には秘密にしていたから、こうして他の生徒にはじめて打ち明けると思うと、緊張しちゃって……」
今まで合唱部の生徒以外には決して口外しなかった自分と綾奈の関係……それをいざ打ち明けるとなったら緊張するのも無理はない。
綾奈の名前を呼ぶ前に脳が勝手にブレーキをかけてしまったのかもしれない。
どんな些細なことでも、秘密を人に話すのって勇気がいるからな。
ここは、保険である俺の出番かな。
「二人とも、綾奈とま、りねぇが姉妹というのは本当だよ。だから信じてほしい」
もしも二人が何らかの理由でカミングアウトがうまくいかなかった時に、俺が「麻里姉ぇ」と呼べば江口さんたちも信じてくれる……麻里姉ぇとほとんど面識がないと思っている二人には効果てきめんな作戦だと思ったんだけど、俺も少しどもってしまった。
冬休み、中学の同級生とここで集まった時には普通に言えたのに、いざ言おうとしたら急にだ。
「ま、まりねえ!?」
「な、中筋君がそう呼ぶということは……」
だけど、なんとか言えたことにより二人には伝わった。
「本当よ。私と綾奈は血の繋がった姉妹……そして綾奈と婚約している真人は私の義弟よ」
「ま、麻里奈先生も中筋君を呼び捨てに……」
「ほ、本当なんだ」
一時はどうなるかと思ったけど、二人とも信じてくれたみたいでよかった。
「私がお姉ちゃんにお願いしたの。乃愛ちゃんとせとかちゃんには……大切なお友達の二人には、これ以上隠したくなかったから」
「綾奈ちゃん……」
「……」
綾奈の理由を聞いた江口さんたちはお互い顔を見て、それからこくりと一度だけ頷きあい、笑顔で綾奈を見た。
「大事な秘密を話してくれてありがとう綾奈ちゃん! とっても嬉しかったよ」
「本当に、ありがとう」
「……うん!」
千佳さんを入れたこの四人は本当に仲良しだと思っていたけど、今回の一件でさらに絆を深めたみたいだ。
今日、千佳さんも呼ぶべきだったな。
このあと麻里姉ぇが二人に学校では言わないことを約束させてから離れていった。
そして俺たちは、四人でおしゃべりをしながらケーキを食べた。
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