第603話 『太っちょ』と『写真』

「そういえば中筋君、今さらだけど写真ありがとうね!」

「……写真?」

 チョコレートケーキにフォークを入れると、江口さんがなぜかお礼を言ってたので俺は首をかしげた。

 写真……写真ってなんだっけ?

 俺、江口さんに写真なんか送ったっけ?

 いや、それ以前に江口さんの連絡先を知らないから写真はおろか、電話をかけることだって出来ないのに。

「ほら、中筋君が太っちょの時の……」

「…………ああ!」

 思い出した!

 先月……バレンタインの前に綾奈からいきなり『ぽっちゃりさんだった頃の真人の写真がほしい』って言われて、理由を聞いたら江口さんと楠さんが当時の俺の姿に興味を持ったからだったって話があった。

 そういう話だったのに、実は綾奈が『個人的にも写真がほしかった』って可愛い顔で衝撃発言をしてたっけ。

 そっちの方が強く記憶に残っていて、本来の『江口さんと楠さんに見せるため』という理由をすっかり忘れていた。

「えへへ~♡」

 このタイミングで、隣から何かをテーブルに置く音が聞こえたと思ったら、なぜか隣の綾奈からご満悦そうな声が聞こえた。

 俺が頭を撫でたりした時によく聞く声だったけど、今の場面で綾奈がこんなになるところなんてあ───

「!?」

 俺は綾奈を見て驚いた。

 綾奈はスマホをテーブルに置いていて、ディスプレイをふにゃふにゃした笑顔で見ていた。

 そしてそのディスプレイに表示されているのが、今まさに話題に上がっている、当時の……デブだった頃の俺の写真だった。

 俺は咄嗟に綾奈の可愛い顔とスマホの間に手を入れた。

「あぁ~、真人が見えなくなっちゃった……」

「いや綾奈さんや、そっちじゃなくて今の俺を見たらいいじゃないスか!」

「……かっこいい」

「っ!?」

 デブの俺が見えなくなりしょんぼりした綾奈。だけど俺が言った通りに綾奈が俺の顔を見ると、俺たちがなんとか聞き取れるくらいの声量でそう言った。

 ガチなトーン、そして表情で言われたものだから、俺は咄嗟に綾奈から顔を逸らし、右手の甲で口を隠した。

 俺がこれをすると、綾奈が次に言うセリフは───

「かわいい♡」

 はい、お決まりのセリフをいただきました。

 俺の頬はさらに熱を帯びてしまった。

「こ、これが西蓮寺さんと中筋君のイチャイチャ……」

「ね~! 改めて見るとホントにすごいよね~!」

 そして俺たちの正面にいる江口さんと楠さん……楠さんは静かに驚いていて、江口さんは『待ってました!』と言わんばかりの表情だ。

「ご、ごめん二人とも!」

「ご、ごめんね乃愛ちゃん、せとかちゃん……あぅ~」

「え、なんで謝るの?」

「うん。謝ることじゃない」

 俺たちがやらかしたことを謝罪すると、二人は俺がなぜ謝ってるのかわかっていないみたいだった。

「いや、二人がいるのにイチャつくようなマネを……」

 ここにいたのが見慣れている一哉たちならここまで謝ることもなかったかもしれないが、今回の相手は江口さんと楠さんだ。

 俺が二人と顔を合わすのはこれが三回目……確かに友達だけど、面識もそれほど深くない相手に見せる光景ではなかったと思い謝罪したんだけど、二人の反応は俺が予想したのとはかけ離れたものだった。

 てっきり気まずい空気が流れて苦笑いされるものだと思ってた。

「私たちが二人のイチャイチャを見るのはこれで二回目……さっきのを入れると三回目だから、久しぶりに見れたーって感じだよ!」

「乃愛の言う通り」

「ね~! やっぱり二人はこうじゃないと!」

 注意されたり気まずくなるより何倍もいい反応だった。だったんだけど……。

「俺たちのこのやり取りって、江口さんたちにも定番になってたんだ……」

「定番というより……有名」

「え!?」

 有名!? どういうことだ!?

 綾奈はまた「あぅ~」って言ってるし! ……可愛い。

「綾奈ちゃんと中筋君のイチャイチャはうちのクラス……もう一年終わるから元になるけど、そのクラスでは有名だったんだよ!」

「マジか……」

 俺と一緒じゃん……。

 綾奈は高崎高校でも人気者だし、俺よりもそういう噂が出回るスピードが早いんだろうな。

「でもまさか『太っちょ』と『写真』のワードだけでイチャイチャするのは予想出来なかった」

「うんうん! あ、もしかしたら何を言ってもイチャイチャに繋がるのかな!?」

「はいそこ、お題を考えようとしない!」

 江口さんが辺りをキョロキョロしていたので、危機を察知した俺は止めた。

 それにしても俺たちのイチャイチャ……有名なんだ。

 これ以上有名にならないように、やっぱり外では控え……るのは無理だろうなぁ。俺も綾奈とイチャイチャするの、自分でも止められないし。

 俺は考えるのをやめて四人でおしゃべりしながらケーキを味わった。

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