第599話 ドゥー・ボヌールに男1人

 今日は三月二十七日の月曜日。そして今は昼下がり。

 俺は今、ドゥー・ボヌールに来てカフェオレを飲んでいる。

 俺の隣には……綾奈はいない。

 俺は今、テーブル席に一人だ。

 勘違いされないように念の為に言っておくが、決して綾奈と喧嘩していて一人でここに来ているわけではない。

 そもそも、もし本当に喧嘩をしていたのなら、綾奈の家族がいるドゥー・ボヌールには来れない。

 今日は俺たちだけでなく、ゲストが二人来るので、綾奈は今、そのゲストを駅まで迎えに行っているのだ。

 俺も一緒に、駅までそのゲストを迎えに行こうとしたんだけど、綾奈に「この時間はお店混むから、真人は座席を取っておいて欲しいな」と言われて、俺はそれに従ったから一人だ。

 綾奈の予想は正しく、全席埋まっていて順番待ちの人までいる。

 翔太さんや麻里姉ぇのファンと思われる二十代から四十代くらいの女の人や、学生で春休みを謳歌して、ここにケーキを食べに来た学生でいっぱいだ。

 星原さんや他のフロア担当の女性スタッフさんが俺に気づいて手を振ってくれるので、俺は会釈で返している。

 星原さんと拓斗さんはあの告白以降、順調みたいで俺も安心している。

 会釈をし、目を瞑りながらカフェオレを口の中に流し込む。

 今座っている場所からは厨房が見えないから、翔太さんも拓斗さんも見えない。

 だから必然的に、この女性だけの空間に男一人という肩身の狭さを実感している。

 お客さんの中に滝乃宮さんや城下さんといった知り合いがいたらまだ心に余裕がもてたかもしれないけど、生憎と二人もいない。おそらく仕事なんだろう。

 あ、綾奈……早く来てくれ。


 そこから五分ほどして、お店のドアが開いた音がした。

「あ、綾奈ちゃん! いらっしゃい」

 星原さんの声が聞こえて、ついに綾奈が来てくれたことを知る。

 お嫁さんが到着したことで、俺は心の中で歓喜していた。

 ようやくこの知り合いゼロの女性だらけの空間から開放される! 相変わらず男は俺だけだが、綾奈がいるのといないのとでは全然違う。

 またカフェオレを一口飲み、姿が見えてきた綾奈たちに、自分の存在をアピールする。

「こっちだよー!」

 俺が手を振ると、綾奈の顔がぱあっと明るくなり、小走りで俺の元へとやって来た。走ると危ないからゆっくりでいいよ。

「真人おまたせ! ごめんね待っててもらっちゃって」

「ううん。あの二人を迎えに行くんだから仕方ないよ」

 俺がそう言って笑うと、綾奈は頬を染めて満面の笑みを見せてくれた。可愛すぎる。

 そうして笑い合っていると、ゲスト二人もやって来た。

「わ! ホントに中筋君もいる!」

「西蓮寺さんと中筋君……デートじゃないの?」

「久しぶり。江口さん、楠さん」

 そう、ゲストというのは綾奈と千佳さんの友達の江口乃愛さんと楠せとかさんだ。

 なぜ今回江口さんと楠さんを呼んだのかというと、二週間前……ホワイトデー前日の三月十三日。ここで綾奈が、自分と麻里姉ぇが本当の姉妹だということを江口さんたちに話していいかを聞いて、麻里姉ぇがそれを口止めをするのを条件に了承したんだけど、それを今日伝えるために二人には来てもらったのだ。

 それだと俺はいらないと思われるかもだけど、まぁ俺は所謂いわゆるだ。

「まぁデートでないと言ったら嘘になるけど、今日は二人に伝えたいことがあったからさ」

「伝えたいこと? なになに?」

「大事な話?」

「そうだね。でもとりあえず座ってよ。綾奈もほら」

 俺は二人に手で着席を促し、綾奈にも椅子をポンポンと軽く叩いて促す。

 三人はゆっくりと座り、綾奈は座ってすぐに俺の手を握ってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る