第598話 キャッチボールでイチャイチャ
公園に来ておよそ十分。体力も大分回復して、これなら綾奈の家までノンストップで行けそうと確信を持っていた俺なんだけど、俺と綾奈は今、右手にグローブを身につけて少し離れて向かい合っていた。
というのも、二人が「一緒にキャッチボールしようぜ!」と言い出したからだ。
もう七時を回っていて、遅くなると綾奈のご両親も心配する。かといって久しぶりに会った友達からの誘いを無下に断るのも感じが悪いと思われてしまうと思い、「綾奈、どうする?」と聞いて綾奈に判断を委ねた。
野球はやったことないと思うし、綾奈は断ると思っていたんだけど、綾奈の返答は「やる!」だった。
綾奈の意外な選択に驚きながらも、俺は綾奈とキャッチボールが出来るということに少しワクワクしていた。
……横で光輝と啓太はなぜかジャンケンをしていたのが気になったけど、そしてなんで二人ともグローブを二つ持ってきているのかも謎だったけど、俺と綾奈は二人からグローブを受け取った。
グローブを装着する前に指輪を外し、ペンダントに通した。
そして綾奈にはご両親に連絡させて、いよいよキャッチボールをする準備が整った時、光輝が一歩前に出た。
「じゃあ西蓮寺さん……俺と───」
「私が最初に投げるから真人はキャッチしてね」
綾奈は俺にそう言うと、俺たちから少し離れた。
そして光輝は項垂れた。
こいつら、さっきのジャンケンはどっちが綾奈とキャッチボールをするのかを決めるジャンケンだったようだけど、なんで俺より先に綾奈とキャッチボールが出来ると思ってるんだ? というか自主練じゃなかったのか?
そういうのは俺たちにも話を通せよと思いながら、二人に苦笑いしながら俺も距離を取った。
「いくよまさと~!」
「お~!」
俺と綾奈の距離はおよそ五メートル。離れすぎると綾奈の投球では届かないと思い、これくらいの距離にした。
光輝と啓太は俺たちを見ている。いや見てないで自主練をしろよ。
「ん~……」
俺が心の中で野球部デュオにツッコミを入れていると、綾奈が投球フォームに入った。
左足を前に出し、ボールを持つ右手を上に挙げ、肘から先を後ろに折り曲げる。
なんか、まったく野球経験がない有名女性アイドルやタレントさんが、プロ野球の始球式でやってそうなフォームだなと思った。
「えいっ!」
そんな可愛らしい掛け声と共に投げられたボールは、なかなか高く舞い上がった。
だけど飛んだ方向は俺から見て大きく右だった。
「わわ、ごめんね真人!」
「大丈夫! これくらいなら……」
俺はすぐに右に移動し、落下予測地点へ到着、綾奈の投げたフライを見事にキャッチした。
キャッチすると、綾奈がとてとてとこちらにやって来た。
「真人すごい! ナイスキャッチ!」
最高の笑顔で褒めてもらい、自然と笑顔になり、そして右手は綾奈の頭へ……。
「綾奈も初めてにしてはけっこう遠くまで投げれたね。すごいよ」
「えへへ~♡」
頭を撫でながら褒めると、綾奈はふにゃっとした笑顔を見せてくれた。う~ん可愛すぎる。
「「……」」
「じゃあ次は真人が投げてね」
「わかった」
綾奈はまた俺から離れ、さっきと一緒で、俺から五メートルくらいの場所で止まった。
さてどうしようか? 俺は普通に投げることが出来るけど、それだと少なからず球威が出てしまって綾奈はキャッチ出来ないかもしれない。
気のせいかもしれないけど、ちょっとだけ甘えモードになっている風にも見えたから、もしキャッチし損ねたら、『むぅ』ってなってへそを曲げてしまうかもしれない。
なら、やっぱりこれしかないな。
「いくよ綾奈!」
「は~い!」
俺は綾奈に声をかけると、アンダースロー……下からボールを投げた。
これなら球威はほとんど出ないし、少しだけ高く放物線を描くようにしたらキャッチしやすいだろう。
「わ、わ! ……とと」
綾奈はキャッチしようとしたけどグローブの先に当たってしまった。だけどグローブの先に当たり小さく上にバウンドしたボールを両手で包み込むようにしてキャッチした。
「やったね綾奈! ナイスキャッチ!」
今度は俺が綾奈へと駆け寄った。
「えへへ、ちゃんと取れたよ真人」
「うん。えらいえら───」
「「いやイチャつきすぎだよ!!」」
再び綾奈の頭に手が伸びそうになった右手だが、野球部デュオの息の合ったツッコミに、思わず手を止めてしまった。
その後、ジャンケンで勝った光輝が綾奈にキャッチボールをしようと申し込んだが、あえなく断られてしまった。
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