第596話 いつもの公園に先客

「ち、ちょっとここで休憩しよう」

「う、うん……」

 ドゥー・ボヌールを出発した俺たちは、そのままノンストップで綾奈の家まで行こうとしたんだけど、やっぱり体力が続かなかったので、いつもの公園で休もうとしていた。

 そして公園に入ると、俺の足元に一個の野球ボールが転がってきた。

 こんな朝っぱらから野球の自主練とか偉いなって思っていると、公園の奥から「すみませーん」という声が聞こえた。

 あれだ。『ボール投げてください』ってやつだ。

 俺は息を切らしながら足元にあるボールを拾いながら思った。

 あれ? なんかこの声聞き覚えが……。

 俺は声の主を確かめるためにボールが転がってきた方を向いた。

「やっぱり! 光輝こうき啓太けいた!」

 すると、俺の予想通り、離れた場所で俺たちに手を振っていたのは、中三の時のクラスメイト、野球部の政枝まさえだ光輝と本郷ほんごう啓太だった。

 ……あれ? いつきがいない。野球部トリオが今日はデュオになってる。

「……え? 真人に、西蓮寺さん!?」

「なんで二人がこんな時間にこんな場所に!?」

 それはこっちのセリフなんだが、とりあえず大声を出し続ける体力もなければ、早朝のご近所迷惑にもなるから、俺は驚きながらも綾奈の顔を見て、同時に頷いて二人のそばに移動した。

「おはよう二人とも。てかこんな時間から練習してるんだな」

「おはよう政枝君、本郷君。二人がいたからびっくりしちゃった」

「お、おはよう真人、西蓮寺さん」

「……おはよう」

 なんか二人は頬を染めて露骨に綾奈をチラチラ見ている。約三ヶ月ぶりに学校一の美少女に会えたから照れてるんだな。

「ジャージ姿も可愛いとかなんなんだよ」

「た、確かに……やべぇ、視線が勝手に西蓮寺さんの方に……」

 聞こえてんだよなぁ。

 それにしても啓太の顔がめっちゃ赤い。イケメンなのにマジで女子に免疫ないからなぁ。

「ところで真人たちはどうしてここに?」

「ジャージで息を切らしながら来たってことは、まさか……」

 二人の疑問に答えるために、俺はさっき翔太さんにしたのと同じ説明を光輝たちにもした。

「え、二ヶ月間……毎日!?」

「あの運動嫌いだった西蓮寺さんが……」

「う、運動が嫌いってほどじゃ……」

 一年間同じクラスだったから、綾奈の運動神経についてはこの二人も知っている。

 というか、なんで光輝はそんな感慨深い声を出してんだよ。

「いやでも西蓮寺さん……推せる」

「う、うん……」

「ふえ!?」

「推すのはいいけど惚れたらダメだぞ」

「ま、真人!?」

 俺は一歩前に出て、左手を出して綾奈をブロックした。

「惚れん惚れん。だから心配すんな」

「仮に惚れたとしても望みなんてないんだから……ん?」

 啓太が何か気になる物でも見つけたらしく、ある一点……俺の出した手の方を見ている。

「真人、お前以前会った時、指輪なんてしてたか?」

 あ、なるほど指輪を見ていたのか。

 確かに、前回会った正月には指輪は貰ってなかったもんな。

 俺は左手を顔の近くに持っていき、左手薬指にしてある指輪に触れて、あの時のことを思い出して自然と微笑みながら言った。

「綾奈に貰ったんだよ。誕生日にね」

「えへへ~」

 俺は綾奈の頭に手を置き、綾奈は嬉しそうにふにゃっと笑った。

「イチャつきやがってクソが!」

「羨ましいなー!」

 光輝、口が悪いなぁ。

 というかナチュラルに綾奈を撫でたのもいけなかったかもな。

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