第595話 松木夫妻の応援
「はぁ……はぁ……きっつー!」
「う、うん……はぁ……はぁ……うぅ!」
ドゥー・ボヌールまで走った俺たちは、見事にスタミナを切らしてしまった。
いや予想はしてたけどマジでキツい! キツくて途中で歩いてしまった。
歩いて体力を回復させてこれだ。いかに自分が『体力がついた』と錯覚していたかというのを思い知らされるな。
「あ、綾奈……大丈夫?」
「な、なんとか……」
俺もだけど、綾奈もマジで余裕がない。こういう場合、綾奈は俺の顔を見て笑顔で答えることが多いんだけど、今の綾奈は手を膝につけて肩で息をしている。
そのまま膝を折って地べたに座ろうとしていた綾奈の腕を俺は掴んだ。
「ま、ましゃと……?」
「ら、ランニング直後に、座るのはダメって、なんかで、見たことが、あるから、立ってた、方がいいよ……」
なんだっけ? 確か足がつるからダメって書いていたのをネットで見た気がする。
つってしまったらもちろん痛いし、早朝で人がまばらで、すぐそこに助けを求めれるドゥー・ボヌールがあるとはいえ、屋外でつるのはやっぱりダメだ。
「そ、そう、なんだ。ありがとうましゃと」
「うん。ほら、立って、息を整えよう」
「うん」
少し楽になってきた頃、ドゥー・ボヌールの正面入口が開いて、中から翔太さんが出てきた。
「……あれ? 綾奈ちゃんと真人君? おはよう二人とも」
「あ、翔太さん……おはようございます」
「おはよう、ございます。お義兄さん」
こんな朝っぱらから店の前に俺たちがいて、さすがの翔太さんも驚いているようだ。
「どうしてそんなに疲れきってるんだい? もしかして、ここまで走ってきたのかい?」
「はい。実は───」
俺は翔太さんに、ここまで走ってきた経緯を説明した。
「なるほどね。マラソン大会で千佳ちゃんに勝つために……」
「はい」
「それにしても、まだ一年近くあるのにもうそこを見据えてるなんてね」
「運動では決して勝てないと思っていたちぃちゃんに挑むんです。準備しすぎなくらいが丁度いいと思って……」
これは少々失礼な例えになってしまうけど、綾奈と千佳さんの運動能力の差は、中学当時の二人の学力差くらいあると思ってる。
千佳さんは中三に進級して、ちょっと経った頃から偏差値の高い高崎高校に入るために、綾奈に勉強を教わって合格した。俺はそんな二人の会話を聞いていたから知っていた。
ならこっちは、千佳さんが受験勉強に費やした時期より長く特訓をして、一年後のマラソン大会で千佳さんを倒すんだ。
「運動が苦手な綾奈ちゃんがそんなことを言うなんてね……僕もちょっと嬉しいよ」
翔太さんは目を細めて微笑んでいる。男でもドキッとするほどのかっこよさだ。
「私一人だったらとっくに辞めてました。真人がいてくれるから頑張れるんです」
「いやいや、俺は単に背中を後押ししただけで……」
感謝されることはなにもした覚えはないんだよな。
ただ綾奈の……大好きなお嫁さんの力になりたかったから。
「そういうことなら僕も応援するよ。頑張ってね綾奈ちゃん」
「はい! ありがとうございますお義兄さん!」
応援してくれる人が増えるって、それだけで力になるよな。
直後、翔太さんは「あっ」と言い、何かを思いついた様子で、俺たちに「ちょっとそこで待ってて」と言って店内に入って行った。
そして三分ほど経過して、麻里姉ぇと一緒に出てきた。
二人の手には、飲み物が入った小さいグラスがあった。
液体の色からして、スポドリかな?
「あ、お姉ちゃんおはよう」
「おはよう麻里姉ぇ」
「おはよう二人とも。話は翔太さんから聞いたわ。これ飲んで頑張りなさい」
俺たちは二人にお礼を言い、グラスを受け取ると中に入っていた飲み物を飲んだ。
う~ん……やっぱりこれだけの距離を走るとなると、飲み物を携帯しておいた方がいいよな。
手に持って走るのもいいけど、ペットボトルを入れれる丁度いい入れ物がないか探してみるか。
俺たちは二人に再度お礼を言いながらグラスを返し、義姉夫婦の声援を受けながら、綾奈の家に向けてまた走り出した。
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