第593話 夫婦は二人で幸せになるもの

 私は真人たち中筋家の人に挨拶をし、真人のお父さんの雄一さんの車の助手席に乗り、シートベルトを締めた。

 既に車に乗ってエンジンをかけていた雄一さんが私に話しかけてきた。

「すまないね綾奈さん。もっと真人と一緒にいたかったろうけど……」

「それは……。でも、雄一さんもお疲れなのに、送っていただきありがとうございます」

 私は言葉を濁した。

 雄一さんの言う通り、真人ともっと一緒にいたかったのは本当だった。

 それに、真人への気持ちだけは、いかなる場合でも否定だけはしたくないって気持ちも強かったから。

「あはは、本当に綾奈さんは正直だね。でもいくら真人が一緒とはいえ、遅い時間に年頃の女の子を歩かせるのは、やっぱり少々はばかられるからね。わかってほしい」

「はい。ご厚意、本当にありがとうございます」

 雄一さんは私に笑いかけ、車を発進させた。

 外まで見送りに出てくれた真人と美奈ちゃんと良子さんが手を振ってくれていたので、私も三人の姿が見えなくなるまで手を振り返した。


「綾奈さん、真人との交際は楽しいかい?」

「はい。楽しくて毎日がとっても幸せです」

 私は雄一さんの質問に即答した。

 私が常日頃から思ってることだったから、考えるまでもないもん。

「綾奈さんも知ってると思うけど、中学三年の二学期までの息子は趣味以外にやる気を見い出せない性格だったから、もしかしたらそれがまだ残っていて、綾奈さんに迷惑をかけているのでは……って、心の中で少しだけ思わないでもなかったんだよ」

「あ……」

 私と真人がお付き合いをはじめて、あと二日でちょうど五ヶ月になるけど、私はこうして雄一さんとゆっくり話をするのはこれがはじめてになる。

 お仕事で帰りが遅いから、真人とも私の話はしていないのかな? それとも真人からは聞いてるけど改めて私からも聞こうとしたのかな?

「でも、その返事を聞く限り、俺の杞憂だったみたいだね」

「はい。真人は最高……いえ、それ以上の彼氏で旦那様です。いつだって私のために全力で、まっすぐに気持ちを伝えてくれる。大好きな人にこれだけ愛してもらえて、私は本当に幸せです」

 私はそう言いながら、指輪と手首に巻いてあるシュシュ、そして真人が作ったマドレーヌが入った箱を見て、そしてゆっくりと目を閉じる。

 形として目に見える物も、言葉や気持ちといった目に見えない物も、付き合いはじめた五ヶ月前から……ううん、ボディーガードをお願いした半年前からたくさん貰ってきた。

 真人はどうなのかな? 私といて『幸せ』って思ってくれてるよね?

 私といる時はいつも嬉しそうな顔をするし、声も一哉君たちと話す時よりも柔らかいから、きっと思ってくれているはず。

 これからもずっと一緒にいて、もっともっと真人に『幸せ』って思ってもらえるようにするからね。

「真人も、綾奈さんに寂しい思いをさせてないようで安心したよ」

 雄一さんの何気ないその一言が、私の胸にグサリと刺さり、私は胸に手を当てた。

「そ、そうですね……。むしろ私が何度か寂しい思いをさせてしまってるので……」

「あれ? そうだったかな?」

「は、はい。その、真人のお誕生日前の……」

「ああ、あれか!」

 雄一さんも思い出したみたい。

 お誕生日前にサプライズを仕掛けたのもそうだし、二学期の期末テストの時もだし、私の体重が増えたショックで真人に嘘をついて一緒に登校をしなかった日もだし。

 ど、どうしよう。改めて思い返したら、けっこう真人に寂しい思いをさせてしまっている!

 私が焦って汗をかいていると、隣の雄一さんの笑い声が聞こえた。

「サプライズをした以上は仕方のないことさ。結果、真人があの時感じた寂しさの倍の幸福が返ってきたんだからさ。ケーキと、そして指輪となって、ね」

「あ……」

「もし綾奈さんがまだ責任を感じている部分があるのなら、これから時間をかけて、真人と一緒にいて、あの時の寂しさ……そして長い未来で起こる寂しさもちっぽけな物に思えるくらいの愛情を注いでいけばいいさ。真人といることで綾奈さんも幸せなのなら、それが一番だからね」

 これから先、真人に一度も寂しい思いをさせないなんてことは、多分無理だし、それは真人も同じだと思う。

 時には迷惑もかけちゃうし、もしかしたら喧嘩もするかもしれない。

 だけど何があっても、私の真人への愛情は尽きない。

 喧嘩して会わない日が続いても、仲直りしてありったけの愛情で真人を包み、会えなかった時間を忘れさせる。

「はい! 私は真人をこれからも絶対に幸せにし続けます!」

 誰に重いと言われても、私の真人への愛情は絶対なんだから。

「あまり気負わずにね。それに夫婦ってのは、二人で幸せになるものだからね」

「は、はい。……あ、ここです」

 雄一さんと話していたらあっという間に家に到着した。車で五分くらいの距離だからそれほど離れてないしね。

 それから雄一さんは私の両親に挨拶をしてから帰っていった。

『夫婦は二人で幸せに』かぁ。この言葉、忘れないようにしよう。

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