第579話 将来はパティシエ?

「はい茉子。先月はありがとうな」

「わぁ~……ありがとう真人お兄ちゃん!」

 茉子は両手でクッキーの入った箱を受け取ると、すっごい嬉しそうな表情でじっと箱を見つめている。

 香織さんといい雛先輩といい茉子といい……こうも嬉しそうな顔を見ると、手作りして本当によかったって心から思う。誘ってくれた拓斗さんには改めて感謝しないとな。

「まあ! もしかしてこれ、真人君の手作り?」

「っ!?」

 茉里さんが茉子の隣に並び立ち、俺が茉子に渡した箱をじっと見つめている。

 そしてそんな母親の言葉を聞いた茉子は、バッと顔を上げ、驚いた表情で俺を見る。

「そ、そうですね。友達のお兄さんがパティシエ見習いで、その人に教わって作りました」

「やっぱり! この辺りのお店では見たことないラッピングのデザインだったから、もしかしたらって思ってたのよ~」

「ま、真人お兄ちゃんの、手作り……ほんとうに?」

 なんで茉里さんがこんなに嬉々としてるんだろう?

 茉子も茉子で、信じられないみたいな顔で俺を見てくるし。

 いくら茉子と付き合いが長いといっても、これまで俺がこういった物を作ったことがあるって教えてなかったから、茉子の驚きも当然か。

「本当だよ。茉子も、それにみんなも手作りのチョコレートを俺にくれたんだ。だから俺もお返しは手作りって決めてたよ。拓斗さんに声をかけてもらえたのはラッキーだったけど、そうじゃなくても手作りにするつもりだったし」

 茉子は俺が喋っているあいだはずっと俺の顔を見ていて、俺が喋り終わると、ゆっくりと顔を下げて手に持っている、クッキーが入っている箱を見る。

「ところで、何を作ったのかしら?」

「バニラクッキーです。味はまぁ……食べれるものだと思います」

 もちろん作った時に自分でも食べた。普通のバニラクッキーの味だったから、茉子にも気に入ってくれる……と思う。

 そして茉子が再び俺の顔を見た。笑顔だったんだけど、その目にはうっすらと涙がたまっていた。……え? なんで?

「ありがとう真人お兄ちゃん! このクッキー、大切に、ちゃんと味わって食べるね!」

「お、おう」

 す、すごい喜ばれようだ。でも、本当になんで?

「うふふ、憧れの人から手作りのお返しをもらったら、そりゃあ嬉しいものよ」

「憧れって……茉里さんもしかして───」

 茉子の俺に抱いていた気持ちを知って!?

「もちろん知っていたわ。そうじゃなくても真人君を『お兄ちゃん』って呼ぶのだから、あなたに強い憧れを抱いてるって、大抵の人は気づくと思うわよ」

「な、なるほど……」

 さすがは茉子のお母さんだ。自分の娘のことはお見通しってやつか。

「それにしても、クッキーを作っちゃうなんて……真人君の将来は洋菓子職人さんかしら?」

「えぇ!?」

 俺がパティシエ!? 考えたこともなかった。

 確かに料理をもうちょっと真剣に取り組もうかなと、元日に綾奈の家で思ったけど……。

「わ、私、絶対に常連になる!」

「ま、茉子!?」

「私もちょくちょく通っちゃおうかしら」

「茉里さんまで!?」

 な、なんかこの親子の頭の中で、将来パティシエになった俺の未来像がどんどんと出来上がっていっている。

 それに、もし俺が本当にパティシエになり、地元ここでお店を構えでもしてみろ……翔太さんという天才がいるのに競合なんて絶対に太刀打ちできない。

「うふふ、真人君は優しくて人当たりもいいから、なにかお店をしたら絶対に人気店になるわよ」

「そ、そうですかね……?」

 自分ではいまいち実感が湧かないけど……。

「ええ、きっと」

「真人お兄ちゃんがどんなお店をするにしても、私は常連になるよ」

「ありがとう茉子」

 どんなお店でも、か。

 お店経営……楽しいことばかりじゃないのは知ってる。……けど、もしも綾奈と一緒にやれたら、辛いこともきっと笑って乗り越えられそうな、そんな気がする。

 まだ将来、どんな仕事をしたいかなんてビジョンはまったく見えてないけど、ちょっと候補として覚えておいてもいいかもしれない。

「気がついたら玄関でおしゃべりしすぎたわね。真人君、よかったら上がっていく?」

 俺はポケットからスマホを取り出して時刻を確認すると、ここに来てから既に二十分くらい経っていた。

「いえ、せっかくですけど今日はこれで帰ります」

 綾奈を駅まで迎えに行くまでまだ時間はあるけど、俺も一度家に帰って昼食も取りたいし、何より茉里さんがいるとはいえ、俺一人で女の子の家に上がるのは綾奈に悪い。

「あら残念ね……」

「そっか……」

 茉子もそんなにしゅんとしないでくれよ。

「今度、美奈と一緒にお邪魔させてもらいますね」

「うん」

「待ってるわね」

「はい」

 俺は二人に頭を下げ、茉子の家をあとにした。

 ちょっと離れたところで振り返ると、二人はまだ家に入っていなくて、俺が見えなくなるまで見送ってくれていた。本当、優しい親子だな。

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