第576話 手作りクッキーに驚くクラスメイト

 教室に入ると、既に友達はみんな来ていて、そしてなぜか茜と杏子姉ぇの二年生コンビも俺たちの教室に来ていた。予鈴までまだ時間があるとはいえ、朝から俺たちの教室に来るなんて珍しいな。一体なに───

「あ、マサおはよ~」

 そう言って、杏子姉ぇは俺のそばに来て、両手の小指を胸の近くでくっつけてお椀を作った。

「おはよう杏子姉ぇ……一応聞くけど、その手はなんだよ?」

「え~? 先月のお返しちょうだい。持ってきてるんだよね?」

 やっぱりか。というかこんな朝っぱらからお返しを催促しにくるとか……放課後でいいじゃん。

「聞いたよ? かずっちとケンくんと一緒に、拓斗さんの家で手作りしたんだって?」

「まあ、な」

 みんなほとんど手作りだったんだから、俺も感謝を込めて手作りに挑戦したわけだ。

 拓斗さんが誘ってくれたからうまく出来たし。

 そして杏子姉ぇの『手作り』というワードがクラスメイトの耳に入ったのか、みんながザワザワしはじめた。

 聞き耳を立てると、「え? 中筋も手作り?」とか、「清水君はわかるけど、中筋君と山根君も手作りなんだ」とか、「どーせ大したもんじゃないだろ」とか様々な言われようだ。

 というか、「清水君は……」って言った女子は、完全に見た目だけの偏見だよな。

 そんなツッコミを脳内で入れていると、茜もこちらにやってきた。

「ねえねえ、何作ったの? 早く見せてよ!」

「あんまり期待するなよ?」

 俺は二人に念押ししてエコバッグに手を突っ込む。

「いや~マサはケーキ作りの経験もあるから期待するなって方が無理かな」

「おいハードルを上げるなよ杏子姉ぇ!」

 そしてさっきの杏子姉ぇの言葉を聞いたみんながさらにザワザワとしている。

 今度は何を言われるんだ……?

「え!? 中筋君ってケーキ作れるの!?」

 まあ、意外だよな。

「マジかよ……中筋にそんな特技が……」

 特技ではない。特技と言えるほど作れやしない。

「人は見かけで判断するもんじゃないな」

 そもそも料理が出来るってクラスメイトに言ってないし、そんなイメージもないもんな。

「似合わねぇw」

 うん、それはわかってる。

 とりあえず早く三人に渡して、この空気から開放されたい。

「はい、先月はありがとう茜、杏子姉ぇ」

 俺は二年生コンビに、千佳さんに渡したのと同じ物を渡した。

「ありがとう! ところで真人は何を作ったの?」

 開けて中身を見る前に答えを知りたい茜。まあ、お返しの定番といえば定番だから、もったいつけずに言うけどさ。

「バニラクッキーだよ」

 俺は答えだけ言うと、またエコバッグに手を入れながら香織さんに近づいていく。

「はい香織さん。先月はどうもありがとうね」

「ありがとう真人君!」

 香織さん、めっちゃ嬉しそうだな。作ったかいがあったってもんだ。

 そして香織さんのそばにいたクラスメイトの女子は、香織さんが持っている、さっき俺が渡したクッキーが入った箱をじーっと見ている。

「ねえねえ真人君。中身、あとでみんなに見せてもいい?」

「もちろん。ただ普通のクッキーだから、あんまり過度な期待はしないでね」

 そんなに興味津々な目で見ても、なんの変哲もない、市販のより形の歪なクッキーが入ってるだけだからな。

 なんか他のみんなはまだザワザワしているけど、なんだかんだでそろそろ予鈴がなる時間だ。

「ほら、杏子姉ぇも茜も、そろそろ教室に戻らないと」

「あ、本当だ。行こ、キョーちゃん」

「うん。じゃあみんな、またね~」

 茜と杏子姉ぇは自分の教室に戻っていった。

 杏子姉ぇがみんなに手をひらひらと振ると、杏子姉ぇのファンと見られるクラスメイトも杏子姉ぇに手を振り返す。相変わらず凄まじい人気だな。

 それから担任が教室に入ってくるまで、クラスのみんなは俺たちがバレンタインのお返しを手作りしたことについての会話をグループで続けていた。

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