第575話 ホワイトデー当日

 三月十四日、ホワイトデー当日。

 俺はバレンタインにチョコレートをもらった人の分のクッキーが入ったエコバッグを持って、綾奈と千佳さんと待ち合わせしているT字路へとやってきた。

 ちなみに今朝、美奈に渡そうと思ったんだけどやめた。登校の準備でバタバタしている朝に渡すより、美奈みたいに夜……というか、学校が終わってから渡す方がいいと思ったからだ。

「おはよう。綾奈、千佳さん」

「おはよう真人!」

 俺を見つけると、綾奈は俺に抱きついてきた。

 朝からお嫁さんの抱擁を受ける俺。……幸せだなぁ。

 俺は抱きついている綾奈の頭を優しく撫でる。

「おはよう真人。相変わらずラブラブだねぇ」

「嬉しい限りだよ」

 俺は綾奈が離れたタイミングで、エコバッグに手を突っ込んで千佳さんの分のお返しを取り出す。

「はい千佳さん。先月はどうもありがとう」

 そう言って、俺はクッキーを入れてある箱……を赤の紙でラッピングしたものを手渡した。

「わざわざありがとう真人」

「いやいや、お返しなんだから当然だって」

千佳さんは喜んでくれたみたいで良かった、

拓斗さんにも味見をしてもらったから大丈夫なものだし、味も千佳さんも、そしてみんなも喜んでくれるといいな。

 そして俺たちは学校へ行くために歩き出した。


 駅に向かって歩いていると、前を行く千佳さんが俺たちに声をかけた。

「ところで綾奈には夜に渡すってことは、今日は夜も会うん?」

「うん。今日は俺の家で一緒に夕飯だよ」

「えへへ~、楽しみ」

 綾奈は今夜のことを想像したのか、ふにゃっとした笑みを見せてくれた。

「しょっちゅうお互いの家で食べたりしてるん?」

「いや、先月はバレンタインに綾奈の家にお呼ばれされて、テスト期間中の週末にはお互いの家に泊まって───」

「それをしょっちゅうって言うんだよ!」

 俺が言い終わる前に千佳さんにツッコミを入れられた。

 そっか。よく考えたら、バレンタインとテスト期間中、二週間の土日……先月だけで五日もどちらかの家で綾奈と共に食卓を囲んでいる。

 いくら婚約してるからって、これだけ一緒にご飯を食べてるってのはかなり多いよな。

「ちぃちゃんは健太郎君と一緒にご飯食べたりはしないの?」

「あるにはあるんだけど、距離があるからあんたたちみたいにしょっちゅうは無理かな」

 千佳さんもあるんだ。お呼ばれされてる……かはわからないけど、少なくとも親公認の仲であることは確かみたいだ。

 ただ、二人の家は三駅も離れてるし、俺たちはまだ高校生だから、あまり遅くに出歩いていると変なヤツに絡まれたり最悪補導されかねない。

 二人がどちらかの家で一緒にご飯を食べるのは週末くらいしか出来ないってことか。

「ところで真人。あんたそれ、何人分用意してるん?」

 千佳さんは俺が持っているエコバッグを見ながら言ってきた。

 確かにちょっと大きなエコバッグを持ってきたけど、もちろんバッグいっぱいになんか入っていない。三分の二くらいだ。

「えっと……千佳さんには渡したから、杏子姉ぇと茜と香織さんと雛先輩、それから茉子と麻里姉ぇの分が入ってるよ」

「いっぱい貰ってるねぇ」

「本当……びっくりしてるよ」

 去年までバレンタインにはほとんど縁のなかった俺だから、お返しを作りながらその個数に改めて驚いたよ。

「それで? 茜センパイたちには学校で渡すとして、雛さんたちはどうすんのさ?」

「雛先輩には、今日の放課後に一哉と一緒に健太郎の家にお邪魔することになってるから、その時に渡して、茉子と麻里姉ぇにはその帰りに家に寄って渡すつもりだよ」

 中学校もこの時期は午前中授業だから、今日俺がこっちに戻ってくる頃には茉子も家に帰ってきてるはずだ。麻里姉ぇは───

「でも私たちは部活があるから、お姉ちゃんも夕方近くまでは学校にいるんじゃないかな?」

「あ……」

 そうだった! 高崎高校の合唱部が部活あるってことは、顧問の麻里姉ぇも学校にいるということだ。なんでそれを忘れてたんだ? バカか俺は!?

「気づいてなかったんだねぇ」

「うん……」

「そんなに気を落とさなくても……。私がお姉ちゃんに渡そうか?」

「……いや、やっぱり直接麻里姉ぇに渡したいから、夕方にドゥー・ボヌールに行くようにするよ」

 綾奈の申し出は嬉しかったけど、日頃お世話になっている麻里姉ぇのお返しは自分で渡したい。

「部活終わりの綾奈を駅まで迎えに行って、一度家に送ってからドゥー・ボヌールに……」

「それなら私もドゥー・ボヌールに行くよ」

「え? でもそれだと綾奈が家に帰る時間が遅く……」

「真人と少しでも一緒にいたいし、それに部活もそこまで遅くならないから、お姉ちゃんが帰るのを待ってもそんなに遅くならないし」

 綾奈の意思は固いみたいだ。

 俺も愛しのお嫁さんと一秒でも長くいられるのはすごく嬉しいから、ここまで言ってくれている綾奈をそれでもと言って断ることは出来ない。

「わかった。じゃあ夕方はどこかで時間を潰してからドゥー・ボヌールに向かおうか」

「うん!」

 こうして放課後の予定が決まり、俺たちは駅構内に入った。

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