第569話 お互い自慢の存在

「そっか……最下位だったんだ」

 午前中授業で放課後になり、俺は綾奈と高崎高校の最寄り駅で綾奈と合流し、電車内でマラソン大会の結果を聞いた。

「うん」

 でも最下位と言った綾奈の顔は……とても明るかった。

 なんでも前を走っていた人が転んでしまって、綾奈はその人を追い抜いた瞬間に助けに行き、肩を貸して二人で一緒にゴールしたんだそう。

 なるほどな。理由を聞いたら綾奈の顔が明るいのも納得だ。

 だけど次の瞬間には、綾奈は眉を下げてしょんぼりした顔を見せた。

「でも、ごめんね真人」

「え? なんで謝るの?」

 今の話で俺に謝らなければいけない場面ってあった? というか俺、登場すらしてないのに。

「だって、せっかく一緒に走ってくれて、今日は私の体力を気遣ってくれてウォーキングにしてくれたのに、結果に応えられなくて……」

 ……まったく、俺のお嫁さんは真面目だなぁ。そんなこと気にしなくていいのに。

 俺は鼻を鳴らし、微笑を浮かべて綾奈の頭に自分の手を優しく置いた。

「あ……」

「気にしなくていいよ。綾奈がそうしたいって思った結果なんだから。それに、後悔してないからそうやって笑顔で言えたんだろうし」

「……うん。真人なら絶対こうするって思ったら、私も身体が動いてたんだよ」

「もしそう思ったとしても、実際に動いたのは綾奈自身の意思によるものだろ? 俺はそんな綾奈がすごいと……ちょっと上から目線かもしれないけど、誇らしいって思うよ」

「まさと……」

 綾奈は目を瞑り、ゆっくりと首を左右に振った。口角が上がってるから、おそらく『上から目線』に対しての否定だと思う。

 目を開けた綾奈は、微笑みながらじっと俺を見ている。その目には涙を浮かべていた。

 ここで言葉を止めておけばいいのに、この状態の綾奈にこれ言ったら絶対に涙がこぼれるとわかっているのに、俺の口は止められなかった。

「やっぱり綾奈は、俺の自慢のお嫁さんだよ」

「っ!」

 俺の言葉を聞いた綾奈の目から、一筋の涙が流れた。

 自分の涙を拭おうともせず、綾奈は俺に満面の笑みを見せてくれた。

「ありがとうまさと。私の、自慢の旦那様」

 そんな俺たちのやり取りの一部始終を、近くにいた乗客全員に見られていたことに気づいたのは、しばらく経ってからだった。


 降りる駅に到着し、構内を手を繋いで歩く俺たち。

「ここからドゥー・ボヌールまで近いけど、一度家に帰るよね?」

「うん。汗かいちゃったから、シャワー浴びたい」

 寒さもようやくやわらいできた三月中旬にマラソンをしたんだ。そりゃあ汗もかくよね。

 電車内でも綾奈からはめちゃくちゃいい匂いがしたけど、それとこれとは別問題だろうし、そもそも汗で肌がベタついてるかもしれないしな。

「なら俺も家に帰って、ちょっとゆっくりしてから綾奈の家に行くよ」

「うん。でもそんなに時間はかけないようにするね」

「じっくり汗を流してもいいけど……なら時間を見計らって向かうよ」

 家に帰って、着替えて軽くSNSチェックしてたらいい時間になるだろ。あと用も足しておかないと。

「待ってるね」

「うん」

 俺たちはいつものT字路で一度分かれて、帰宅して軽く準備を済ませて綾奈の家に向かった。

 綾奈の家に着いてから明奈さんに出迎えられ、それから五分くらいで綾奈が脱衣場から出てきたので、タイミング的にはかなり合っていた。

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