第568話 綾奈の意思

 疲れる?

 何に対しての言葉なんだろう?

 ここまで走って、舞依ちゃんに肩を貸しながらゆっくり歩いているから、体力はほとんど残ってないから疲れてるけど、それでも動けなくなるほどではない。ランニングと、それから筋トレのおかげだよね。

「えっと……体力はまだもうちょっとあるけど」

「ううん、違うの」

 やっぱり体力面の話ではなかったみたい。

 でもそれだと、一体なんのことなのかな?

 私が頭の中で考えを巡らせていると、舞依ちゃんがその答えを口に出してくれた。


「彼氏の……旦那の考えや行動に自分も合わせるのって疲れないの?」


「疲れないけど?」

「……え?」

 私が真人に合わせてる……のかなぁ? そんなこと考えたこともなかった。だから当然、そんな疲れなんて感じたこともない。

「え? だってそれって、綾奈ちゃんの考えじゃなくない? 自分の旦那がこうしてるから、自分もこうしないとっていう風に聞こえたから……自分の考えに反して、旦那の行動パターンをトレースしたんじゃないの?」

 ……そっか。確かに私は、『真人なら絶対に舞依ちゃんに手を貸すと思ったから』って言った。

 それは捉え方次第で、『え~、でも真人はいつも困ってる人には手を伸ばしてるから……仕方ない、私もやってあげよう』みたいな解釈をされることだってあるってことなんだ。

 ちぃちゃんたち、私や真人をよく知ってる人たちとばかり集まっていたから、そんな考えを持った人もいるなんて考えもしなかった。

「……舞依ちゃん」

「……うん」

「私の旦那様はね、すごい人なんだよ」

「…………え?」

 なんだか舞依ちゃんがポカンとしているけど、私は旦那様自慢を続ける。

 さっき私が言ったように、困った人がいたらまっさきに手を伸ばす人だということ。

 そんな真人にはたくさんの友達がいて、みんな真人といると笑顔になること。

 マコちゃんと横水君……二人の名前を出さずに、二つ年下のサッカー部のエースの男の子とかわいい女の子が真人を『兄』と呼んで慕っているけど、横水君はちょっと前までは真人をバカにしていたこと。

 …………真人はすごくモテて、真人を好きになった三人はみんな、本当にかわいいひとばかりだということ。……最後のはちょっと『むぅ』ってしちゃったけど。

「そんな真人が私を結婚相手に選んでくれたことは、私の一番の誇りだよ。私は真人の全てが好きで、真人の性格全てを尊敬してる」

「う、うん……」

「確かに舞依ちゃんに手を貸す時に『真人なら』って思ったのも事実だけど、それでも最終的な判断……舞依ちゃんを助けたいって思ったのは、私の意思だよ」

「……!」

「いくら大好きな人がそうしてるからって思っても、自分自身が行動に移さなかったらそれまでなんだよ。だから私の、舞依ちゃんを助けたいという『意思』も、『勇気』も、私の……私だけのものだよ。そこに旦那様の介入も、関係もないよ」

 あの人もやってるしって思っても、実際に自分も行動に移すかどうかは、結局のところ自分自身なんだ。

 思っているだけなのと、実際に行動するのは当たり前だけど全然違う。

 知らない人のところに駆け出すのも、実際に手を伸ばすのも勇気が必要だった。

 真人はこんなに勇気のいる行動を何年も前からやってたんだよね。本当にすごいなぁ……。

 そう思うと、私の中の真人への尊敬と好きって気持ちがまた強くなった。真人に早く会いたい。

「……そっか。失礼なこと言っちゃってごめんね」

「気にしてないよ。むしろ舞依ちゃんみたいな考え方もあるんだなってはじめて知ったよ」

 これからも舞依ちゃんみたいに思う人と出会うかもだけど、私の意思は変わらない。

「ねえ綾奈ちゃん」

「なぁに?」

 また聞きたいことがあるのか、舞依ちゃんはまた私を呼んだ。でもその表情は笑顔だった。

「あたしも綾奈ちゃんの旦那様に会ってみたいんだけど……ダメかな?」

「……好きにならなければいいよ」

 ついそんな言葉が口から出てしまったけど……うぅ、やっぱり私って狭量なのかな?

 真人は絶対に他の人になびかないってわかってるから、私も真人の妻として、もうちょっと余裕を持つように心がけないと。

「あはは、ならないから安心してよ。てか既に婚約者がいる人を好きになるほど見境なくないからね」

 私の余裕のない返しにも、舞依ちゃんはからからと笑っていた。

「うん。……ほら、もうすぐグラウンドだから、ラストスパートだよ」

「うん。……ありがとう、綾奈ちゃん」

 私たちがグラウンドに入ると、既に私たち以外の人は全員ゴールしていて、全校生徒と教職員が私たちに注目していた。

 私たちを見て、最初は驚いていたみたいだけど、すぐにみんなが「頑張れー!」とか、「もう少しだよ!」って声援を送ってくれて、ちょっとびっくりしたけど、すごく嬉しかった。

 舞依ちゃんもそれは同じみたいで、怪我が痛そうだったけど、笑顔も見せていた。

 みんなの声援の中、私たちはゆっくりとグラウンドを一周し、二人で一緒にゴールした。

 最下位だったけど、私の心はとても晴れやかだった。

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