第565話 マラソン大会がスタート

 マラソン大会のコースは、この高崎高校の外周なんだけど、道路は整備されているけど道はフラットだけではなく、緩やかだけど上り坂と下り坂が三十メートルくらいある。

 グラウンドからスタートして、そのまま外周に出て女子は外周それを二周走り、校門を抜けグラウンドを一周してゴールになる。

 いよいよスタートの時間が間近に迫り、私たち一年女子全員がスタート位置に集まった。

「はあ……嫌すぎてお腹痛い」

「せ、せとかちゃん。がんばろ」

 せとかちゃんの他にも、すごく嫌そうな顔をしている人が何人もいる。

 私も真人と走ってなかったら、間違いなくその中の一人になっていた。真人には本当に感謝してる。

 えっと、確か一年女子の人数は八十人近くいたはずだから、四十位以内を目指せばいいんだよね。なんだかやれる気がする。

「位置についてー!」

 あ、もうスタートするみたい。体育を受け持つ先生が右手を高く挙げた。その手にはよく陸上競技でスタートの合図を出すピストルを持っている。

 ちょっと緊張してきたから、一回深呼吸しておこう。

「よーい!」

 体育の先生がそう言った直後、ピストルの音が響いて、みんないっせいに走り出した。

 スタート直後から生徒の列が縦長に形成された。

 マラソンの中継なんかでは、スタートしてしばらくは集団が形成されてるのを見るけど、これは高校の授業の一環。プロの人が走ってるわけではないし、得手不得手、体力にだってすごく差がある。

 先頭集団は陸上部をはじめとした運動部の人たちなんだろうな。すごく早い。きっと二キロなんてあっという間に走っちゃうんだ。


 スタートから少しして、先頭集団からちょっと離れたところにちぃちゃんがいて、私はちぃちゃんの背中がとても小さく見える位置にいる。

 そして私とちぃちゃんの間くらいに乃愛ちゃんがいて、せとかちゃんは……なんとか完走を目指してほしい。

 っと、せとかちゃんは心配だけど、私も人の心配をする余裕なんてない。

 距離的に体力はギリギリになると思うし、明確に目標を掲げているから、自分の走りに集中しないと。

 今は多分、真ん中よりも少しうしろの位置かな? まだまだ序盤だから焦らないでこのままのペースを維持しないと。


 前半の山場の上り坂にやって来た。緩やかだけどやっぱり脚に負担がきちゃう。

 ここはやっぱり他の人もスピードが落ちちゃうみたい。私もだけど、ここは踏ん張らないと。

 なんとか一周目の上り坂はクリアしたけど、ちょっと体力を使っちゃった。残りの距離を考えたら、ちょっとペースを落とした方がいいのかな?

 でもペースを落とすと追い抜かれるし、そうなると逆転……目標の順位が遠ざかってしまうよね。やっぱりこのままのペースで───

『焦らず自分のペースで走るんだよ』

「っ!」

 ペースを落とさずに走ろうと思った瞬間、真人の声が聞こえた気がした。

 そうだよ。ちょっと前に真人に同じようなことを言われたばかりなのに、ちょっと焦って忘れていた。

 ここで焦って体力を削るよりも、ちょっと順位を落としてもペースを落として、その分体力を温存する方が大事だよね。

 それにコースはまだ半分以上残ってるし、その間に前を走る人たちも体力がなくなってペースダウンするだろうから、今は堪えて体力と脚の負担を減らす走りをしよう。

 ありがとう真人。真人のおかげで判断ミスをしなくてすんだよ。

 私は心の中で旦那様にお礼を言い、この間に何人かに抜かれるのをじっと堪えた。


 一周目も終盤に差し掛かった頃、下り坂が見えてきた。

 やっぱりここはみんなチャンスと思い、スピードを上げている人がいっぱいいる。

 あれ? でも中には下り坂なのにペースを……というか歩幅を狭く、だけど足を出すスピードを早くしている人もちらほらいる。

 え? あんな走りをしたら、みんなに追い抜かれちゃうよ。勢いに乗るならここしかないのに……。

 私もここはちょっとペースを上げようとスタート前から思ってたし、これはチャンスだよね。

 私は下り坂に入りペースを上げた。上げすぎて転ばないように気をつけながら、いつもより強くアスファルトを踏みしめながら。

 そのおかげで二、三人抜くことができた。

 ここから徐々にペースを上げていって、最終的には真ん中よりも上の順位になるのも夢じゃない。

 よーし、頑張るよ!

 そう意気込んで二週目に入った私だったけど、このあと、さっきの下り坂での判断が悪手だったことに気づくことになる……。

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