第564話 麻里奈、口を滑らせる
「ところで綾奈はどれくらいの順位を目指すつもりなん?」
四人でアップをしていると、ちぃちゃんがそんなことを聞いてきた。
「ん~、特には決めてないんだけど、真ん中よりは上を目指したいな」
本当はちぃちゃんより上を目指したいけど、今の私ではそれは無理だと思うから、とりあえずの目標として、半分より上という目標を掲げてみた。
「わあ~、なかなか強気だね綾奈ちゃん!」
「そ、そうかな? でも二ヶ月くらい毎日走ってるから……。それに真人も「自分のペースで走れば大丈夫」って言ってたし」
半分より上って目標を伝えたわけではないし、それにさっきの言葉は私が真人に聞いて、真人が頷いてくれたものだから、実際に真人に言われたわけではないけどね。
「綾奈ちゃんって、どんな時でも中筋君と二人三脚だよね~」
「どんな時も支え合っていこうって決めてるもん」
乃愛ちゃんが嬉しいことを言ってくれるから、顔が緩みそうになるのを必死でこらえる。
「綾奈、嬉しい時は顔に出していいんじゃない?」
「へ? そ、そう? ……えへへ~♡」
だけど親友のちぃちゃんにはバレていたらしく、私は表情を崩した。
「綾奈ちゃん、すっごいゆるゆるな顔になってる」
「うん。……可愛い」
「真人関連で褒められたりすると大体こんな顔になるよ」
「あら? どうしたの西蓮寺さん?」
私が真人のことを考えていると、近くでお姉ちゃんの声が聞こえた。ここには乃愛ちゃんとせとかちゃんがいるし、近くの人が聞いてるかもしれないから、あくまで教師として話しかけてきている。
「あ、松木先生」
「綾奈ちゃんは彼氏と相変わらずラブラブだなって話してたんですよ」
私とお姉ちゃんが姉妹という事実を知らない二人は、私と真人について話している。お姉ちゃんも真人をよく知ってるけど。
「西蓮寺さんの彼氏って、確か風見高校の合唱部の子よね?」
だけど、お姉ちゃんは真人をよく知らない風を装って話をしている。ボロが出ないのはさすがだなぁ。
「中筋君って合唱部員だったんだ。先生よく知ってますね」
「風見との合同練習で見たのよ。臨時部員にしておくのがもったいないくらいの実力を持っていて、引き抜けるのなら引き抜きたいと思ったわ」
多分本音だと思う。あの合同練習の時、風見の歌唱が終わったあとにお姉ちゃんは真人をチラって見てたから。
でも単純に、
「中筋君って臨時部員なんだ! なのに麻里奈先生に一目置かれてるってすごいよね!」
「うちの合唱部の底上げのために、是非とも欲しいわ」
お姉ちゃん……目が本気だよ。仮にレンタル制度があったとしたらまっさきに真人を取りに行く気満々なほどに……。
「松木先生がこんなにべた褒めなのも珍しい」
「うんうん! 授業でもあまり褒めないのに」
お姉ちゃん、授業も手は抜かないからね。部活みたいにそこまで厳しくはないけど、乃愛ちゃんの言ったように、あまり褒めたのを見ないから。
それでもこの美貌とわかりやすい授業で圧倒的な人気がある。
「そりゃあ義弟───」
「「おとうと?」」
「「あっ……」」
え? お姉ちゃんが口を滑らせた!? 今までそんなことなんてなかったのに。
乃愛ちゃんとせとかちゃんは首を傾げているし、私とちぃちゃんはちょっとハラハラしてる。
私とちぃちゃん以外で、この学校で真人の話をしたから、もしかしたら気が緩んじゃったのかな?
「…………お、弟にしたいくらいいい子っぽかっからね」
ち、ちょっと苦しいかもだけど、二人の反応はどうかな……?
「確かに、中筋君はいい人だと思います」
「うんうん! でも麻里奈先生。おとうとは無理ですね。綾奈ちゃんと姉妹じゃないんですから」
「「「っ!!」」」
乃愛ちゃんが何気なく放った一言に、私たち三人は息をのんだ。
わ、私とお姉ちゃんは年が離れてるし、お姉ちゃんは結婚して苗字も違うから、知らない人から私と姉妹って思われることはないけど、状況が状況だからすごく焦っちゃう。
「そ、そうね。あ、もうすぐ一年女子のスタートの時間みたいよ。応援してるから、早くスタート位置に行きなさい」
そう言って、お姉ちゃんは手を振りながら足早に私たちから離れていった。
それにしても、あのお姉ちゃんがあんなボロを出すなんて本当に珍しい。
でも、この二人は人の秘密を口外したりしないし、私たちの大切なお友達だから、乃愛ちゃんとせとかちゃんには私たちが姉妹なのを打ち明けてもいいと思う。隠し続けるのはちょっと心苦しいし。
今日、このあと真人と一緒にドゥー・ボヌールに行くし、その時にお姉ちゃんに聞いてみようかな?
そう思いながら、私たちはスタート位置に移動を開始した。
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