第562話 2人の新たな目標

 翌日の三月十三日の月曜日。

 いよいよ高崎高校のマラソン大会当日を迎えた。

 この日の早朝、俺はいつものように走って綾奈の家に向かい、綾奈と合流。ここからは昨日のこの時間に決めていた通り、この家の近くをウォーキングすることに。

 綾奈の体力を少しでもマラソン大会に残しておけるように……。

「綾奈、体調はどう?」

「うん。バッチリだよ」

 早足で歩きながら俺たちは会話をする。

 なるほど……ウォーキングだとスタミナの消費も緩やかだから、こうやって綾奈とも喋りながら歩くことができるのか。……たまにはランニングじゃなくってウォーキングでもいいかな? なんてね。

「よかった。本番も頑張ってね」

「ありがとう真人。真人の応援をもらったから負ける気しないよ」

「俺はいつでも綾奈の味方だし、応援するよ」

「えへへ♡」

 負ける気しない……つまり一着をとるってのはさすがに無理だとしても、いい線いけそうだ。

「ちなみに優勝候補ってやっぱり陸上部?」

「うん。陸上部をはじめとした運動部の人と、個人的にはちぃちゃんもって思ってるよ」

「え? 千佳さんってそんなにすごいの!?」

 小学生の頃から体育は突出して凄かった記憶がぼんやりと残ってるけど、千佳さんって運動部の人たちと肩を並べられるほど走りも体力もすごいのか。

「うん。体育のマラソンでも、クラスの陸上部や他の運動部の人とあまり変わらないタイムだったし」

「ま、マジか……」

 千佳さん……一体プライベートでどんなトレーニングをしてるんだろう? 文化部で陸上部と走りで張り合えるのはマジですごいよ。

 腕っ節が強いだけじゃなかったんだな……。

「……今は無理でも、いつかちぃちゃんに勝ってみたいな」

 綾奈から小さくだけどそんな言葉が聞こえた。

「千佳さんに勝つって、並大抵な努力じゃ足りない気がするな」

 元々この早朝ランニング……今日はウォーキングだけど、これは俺たちのダイエットと、今日のための特訓を兼ねて走ってきた。

「うん。だからね真人……」

 今日で目標の半分がなくなって……いや、俺たちの体重もすっかり元に戻っているので、ダイエット自体も既に完遂していると言っていいので、走る理由は特にないと言ってもいいのかもしれない。

 だけど綾奈は、新しい目標を掲げようとしている。それも、達成するのがとても難しい目標を……。

「真人さえよかったら、これからも一緒に走りたい。……ダメかな?」

「まさか。もちろんどこまでだって付き合うよ」

 俺もここまで続けたランニングを辞めてしまうのはちょっと名残惜しいと思っていたし、お嫁さんが新たな目標に向かって頑張るんだから、それをそばで支えるのが夫としての俺の務めだ!

「嬉しい……。ありがとう真人! 大好き」

「俺も大好きだよ綾奈。だけど一つ約束してほしい」

「なぁに?」

「決して無理やオーバーワークはしないこと。綾奈がちょっとでも無理をしてるなって思ったら俺は止めるからね」

 綾奈はたまにだけど、集中したり思い込んでしまうと周りが見えなくなる時がある。そうなったら無理や無茶をする可能性が非常に高くなるから、そばにいる俺がしっかりと綾奈を見ていなくちゃな。

「わかった。約束するよ」

「うん。じゃあ指きりしよっか」

「うん!」

 俺たちは立ち止まって指きりをした。

「えへへ。これで明日からも一緒に走れるね」

「それも理由の一つだろ?」

「……バレた?」

「バレバレです」

 俺たちは声を出して笑い合った。

 ウインクと舌をチロっと出して言った「バレた?」が破壊力抜群で、心臓がめちゃくちゃ強く跳ねたけど、笑ったおかげでなんとか綾奈にバレずにすんだ。

 これからも綾奈と一緒に走れるのが嬉しいのは、俺だって同じなんだからな。

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