第559話 普段の拓斗と望緒
「まあ、そんな感じですね」
一哉の話を、健太郎と拓斗さんは相槌を打ちながら真剣に聞いていた。
俺としては懐かしい思い出だ。
思えばそれが、一哉の初恋の瞬間だったってわけだ。
「一哉って茜さんに一目惚れだったんだね」
「一目惚れっていうか、可愛くて親しみやすい先輩だなって思ったというか」
「でもその場で少なからず好意はあったんだろ?」
「……まあ、そうッスね」
一哉は頬を人差し指でポリポリとかいている。照れてるなこいつ。
「でも偶然の出会いから恋が始まるって、なかなかロマンチックだよな」
「そうですねぇ」
健太郎が目を瞑って拓斗さんの言葉にしみじみと同意している。多分千佳さんと出会った時のことを思い出しているな。
思えば俺は、一哉と健太郎……親友二人の恋が始まった瞬間に立ち合っているんだよな。なんか知らんけどむず痒いな。
「それで拓斗さん。俺の話は参考になりました?」
そうだ。一哉と茜の馴れ初めを懐かしんでいたけど、これは拓斗さんの恋が成就する参考で語っていることだった。
その拓斗さんは腕を組んで「うーん」と唸っていた。
「健太郎君は千佳に一目惚れし、千佳も少しずつ健太郎君に惹かれていった。真人君の優しさを知った綾奈ちゃんも真人君とほぼ同時期に惹かれていった。そして一哉君と茜ちゃんははじめからフィーリングが合っていた……か」
俺たちの話を聞いて、どういった感じで惹かれていったのかを口に出して分析している拓斗さん。
俺はそんな拓斗さんを見ながら、一つの疑問が浮かんでいた。
そもそもこれって、参考になるのか?
恋愛の形ってそれぞれ違う。いくら拓斗さんが俺たちの話を聞いたところで、拓斗さんと星原さんの形が違っていたら、参考にするのは難しいと思う。
「あの、拓斗さんと星原さんって、普段はどんな感じなんですか?」
だから俺は、拓斗さんが星原さんとどう接しているのかを聞いてみることにした。もしかしたら助言が出来るかもしれないし。
年上の人に助言っていうのもおこがましい気がしないでもないけど、拓斗さんの恋が叶うのを願っているのは本当だから……三人寄れば文殊の知恵ってことわざもあるし、俺たちの誰かがなにか閃くかもしれないしね。
「普段の俺と望緒さん?」
「はい。よく考えたら、俺たちってお二人がどれくらい仲良いのかも知らないから、仕事場でどんな会話をしているのかを知りたいなって」
「普段の、か……。あの人は俺を『拓斗君』って呼ぶな」
「ふむふむ」
名前で呼んでくれてるなら、ある程度は仲良いってことだと思うから、とりあえず可能性はあるのでは?
「暇な時は俺に話しかけてくることが多いな」
「そうなんですね」
星原さんから話しかけてくれるのなら、拓斗さんとけっこう仲良しってことだよな?
「翔太さんや麻里奈さんに注意されてへこんでる時は元気づけてくれるし」
「ん?」
仲のいい人がへこんでいたら駆け寄って元気づけるのは、まあある事だとは思うけど……厨房にいる他のパティシエさんじゃなくて、ホール担当の星原さんが?
「ボディタッチもまあまあ多いな」
「……んん?」
え? 話しかけてくれるだけじゃなくてボディタッチまで? 普通の異性の同僚というにはいささか距離が近いんじゃあ……?
「先月のバレンタインは俺に手作りチョコくれたし」
「手作り!?」
「え? マジですか?」
「それって……」
気のない異性に手作りチョコを贈るか? 俺たちのグループの女子はみんな手作りをくれたけど、それは何組かで集まって決めていたことだから、義理でも手作りチョコはありえる。
だけど、もし星原さんが一人でそのチョコを作ったのだとしたら……。
「しかも貰った時に『これは拓斗君だけだよ』って───」
「いやそれもう確定なやつ!!」
俺は拓斗さんが言い終わる前につっこんでしまった。
え? 話を聞く限りでは脈があるどころか完全に星原さんも拓斗さんに気があるようにしか聞こえない。
「ちなみにどんなチョコを貰ったんですか?」
お、いいぞ健太郎。
ハートは……それはもうあからさますぎるからないだろうな。それだったら既に付き合ってそうだし。
「長方形の箱に、男の口で一口で食えるチョコが六つ入っててな」
「はい……」
俺もだけど、一哉も健太郎もめっちゃ真剣に拓斗さんの次の言葉を待っている。これはかなりドキドキするぞ。
「それから上箱の裏側に紙が貼り付けてあって……」
「……紙、ですか?」
「……(ごくり)」
「な、なんて書いてあったんですか?」
拓斗さんへの気持ちをしたためたものではないにしても、それに似た文があったんじゃあ……。
「『ロシアンチョコレートだよ。この中に一つだけ、タバスコを使ったチョコが入ってます。拓斗君は当てられるかな?』って書いてた」
「「「なんで!?」」」
俺たちは自然とつっこんでいた。
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