第558話 一哉と茜の馴れ初め

 高校受験を約三ヶ月後に控えた十一月のある日、俺は勉強の気分転換を兼ねて一哉とショッピングモールに来ていた。

 息抜きと言っているが、俺は受験勉強はあまりやっていない。どうにもやる気が起こらないんだ。

「真人お前、勉強は進んでんのか?」

「いや全然……とまではいかないけど、あまり身が入ってない」

 一哉は「だろうな」と肩を竦めた。

 俺が受験する風見高校は、それほどレベルは高くないにしても、今の俺にはけっこう頑張らないと入れない程だった。

 でも元々勉強は好きではないので、ヤバいと頭の中でわかっていても机に向かうことはあまりなかった。

「しかし、お前よくそんなんで西蓮寺さんに惚れたよな」

「惚れるのは自由じゃないか」

 西蓮寺綾奈さん……学校一の美少女である彼女は、高崎高校を受験するって親友の宮原千佳さんと話しているのを聞いたけど、成績も常にトップだから、彼女ならまず間違いなく受かるだろうな。

 西蓮寺さんに好意を寄せる男子は多く、俺も最近その一人に加わった。彼女の笑顔……まるで太陽のように眩しく、そして綺麗だった。

「お前は西蓮寺さんに告らないのか?」

「告ったとしても、『ただの同級生』の俺に望みなんてないだろ。……付き合ってはみたいけどさ」

「ま、そのなりじゃな」

「……」

 そう……俺は自堕落な生活が祟り、現在体重が九十キロもある。一哉の言う通り、こんなんじゃ西蓮寺さんと付き合うどころか、お近づきになるのだって夢のまた夢だ。

 妹の美奈との関係もそうだけど、なんとかこの情けない自分を変えたいとは思ってるんだけど……。

「でもまあ、お前は根は真面目だしいい奴だってのは知ってる。そんなお前の性格を知ったら、西蓮寺さんだってワンチャン───」

「ないだろうなぁ……」

「あれ? もしかして……真人?」

 俺が肩を落としていると、進行方向から女子の声が聞こえてきた。

 その女子は俺たちとほぼ同年代のショートヘアの美少女……というか、俺を呼び捨てで呼ぶ女子なんて一人しかいない……。

「もしかして……茜?」

「うん! 久しぶり! てか太ったね!」

 俺の幼なじみの東雲茜はずっと前に引っ越したっきり会っていない。でも面影があったからもしかしてって思ったけど、合っていたみたいだ。

 俺は一哉に、茜は俺たちの一つ上だと言うことを伝えた。

 そして茜が言うように、俺は元々こんな体型をしていたわけではなく、小学生中学年くらいから食っちゃ寝を繰り返してしまって今のような体型になってしまった。

「元気してた? ……って、なんでそんなに肩を落としてるの?」

「無謀にも学校一の美少女に恋して、自らの可能性の無さに落胆してたんスよ」

「一哉……お前……」

 さっきはいいことを言ったと思ったのに、いきなり傷口に塩を塗られた気分だ。

「君は真人の友達?」

「はい。山根一哉っていいます」

 ん? なんでこんなに明るくハキハキした声で喋ってんだ? 珍しい……。

「そうなんだ。私は東雲茜。真人とは幼なじみなの。よろしくね山根君」

 茜は自己紹介をしてからパチッとウインクをした。 久しぶりに会ったけど、こんなキャラだったかな?

 昔の茜は、杏子姉ぇとよく俺をイジってきた記憶が大半だ。

 ……そういや杏子姉ぇって確か東京に引っ越したはずだけど、元気にやってんのかな?

「え? というか真人、そんな子に恋しちゃったの?」

「そうなんスよ」

「その子倍率高そー」

「めちゃくちゃ高いッスね。同級生だけじゃなく、下級生も狙ってるヤツが多いし、それに学校一のイケメンの生徒会長も狙ってるって噂がありますから」

「うわぁ……聞けば聞くほど敗戦濃厚……」

「まあ、こいつの初恋なんで……拗らせない限りは見守ってやろうかと」

「山根君は優しいね。ところで倍率と言えば……山根君はどこ受けんの?」

「風見高校です」

「え? マジで!? 私と同じとこ受けるんだ!」

「え? 風見にいるんスか!?」

「そうなの! 頑張って合格してよね」

「……やる気出てきた」

 俺が東京に引っ越したいとこのお姉さんの杏子姉ぇを思い出している間に、なんか一哉と茜がめちゃくちゃ仲良くなってるんだけど!? え? この短時間に何があったんだ?

「そうだ。よかったら連絡先交換しようよ」

「いいですよ。というか是非!」

「あ、ついでに真人も交換しようよ」

「俺はついでかい……」

 約十年ぶりに再会した幼なじみなのについでかよ。

 でも、久しぶりに元気そうな茜を見れて俺も嬉しいから、まあいっか。

 そうして俺と一哉は茜と連絡先を交換した。

 ……俺のスマホに異性の名前が登録されんの、母さんと美奈を除けば初めてだな。

 それからしばらく雑談(一哉と茜が話しているのを俺はたまに相槌を打つだけ)をし、茜は名残惜しそうにしながらまた歩き出したので、俺たちはそんな茜が見えなくなるまで見ていた。

「なあ真人」

「なんだ?」

「俺、マジで受験頑張るわ!」

「お、おう……頑張れ」

 なぜか一哉はここ最近では一番のやる気を見せていたのが謎だったけど、俺はそんな親友にエールを送った。

 俺も、頑張らないとな……いろいろと。

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